國米隆弘「七われわれの療養所(抄)」(「現代詩手帖」2009年12月号)
國米隆弘「七われわれの療養所(抄)」の初出は『レトマイレオスの生』(2009年03月)。この作品には、びっくりしてしまう部分がある。
びっくりしすぎて、私は笑いだしてしまった。
「味覚」の「語源」って、どうして外国語にあるの? 中国語なら、まだ漢字を借りてきた国だからわかるけれど、なぜ、sapio 、sapiens が語源? なぜ、sapio 、sapiens を「翻訳」してまで、そこに語源がある、といわなければならない?
國米って、国籍はどこ? いつもは母国語は何? 日本人じゃないの? 私は國米については何も知らない。申し訳ないが、詩を読むのは初めてである。日本人ではないのだとしたら、私の書いていることはまったく的外れだけれど、國米を私は日本人だと想像しているので、いやあ、びっくり。びっくりして、笑いだしてしまう。
変でしょ? 日本語の語源を日本語に共通する文字もない外国語にまで求めていくのは。そんな、どう読むべきかもわからないような「音」、音を表記したもののなかに日本語の語源がある、というのは。
語源学というのなら、「味覚」ということばが最初にでてきた日本語の文献、その文献のなかにでてきた他のことばとの関係を追っていかないと、とんでもないところへいってしまうのではないか。日本と同じ漢字をつかう中国で「味覚」はどんな「文字」で書くのか。それは本来どういう意味だったのか--そういう分析なら、なるほどなあ、と思うけれど、突然、何語ともしれない外国語が登場し(もっとも、『プトレマイオスの生』にはギリシャ語がたくさん出てくるのかもしれないが……)、それが日本語とつながっていると言われても、「そんなこといわれても、わからないよ」というしかない。賛成も反論もできない。納得のしようがない。びっくりして、笑うしかない。
「味覚」の「味」には「口」と「未」がある。「味」とは「口」で何かわからないものを、小さなものを、それが明確になるまで育てて、それが何であるか確定すること。「覚」は「知る」こと。「覚」の冠は「学」につながる。学ぶこと。そして「見」は「見る」こと、知ること。しっかり学んで、それが「見える」ように、認識できるようにすることが「覚」。というふうに分析していくと、「味覚」というのは、口で、何かわからないものを(認識のなかでは、小さくて不明のものを)、あれこれ調べて、つまり、記憶の何かと比較しながら、ああでもない、こうでもないと分類・分析し、それが何であるかはっきりとわかるようになること--という具合のことがらなら、まあ、わからないでもない。(もっとも、これは私がかってにでっちあげた分析なので、私にとって「わからない」ということはありえないのだが--このことは、またあとで書く。)
でも、私の分析(?)でいちばん問題になるのは、私の分析はけっきょく「味覚」の「味」、「口」につながる部分よりも、「覚」につながる部分が多いということ。「覚」の方に重点が置かれているということ。だから、「味覚」ではなく、「触覚」でも「嗅覚」でも、同じようにいえる。何かを学んで、分析し、それがどういうものであるか特定すること。わかるようにすること。それが「覚」のすべて。
そして、その「覚」のなかにこそ、「賢人」の「かしこい」とか、「識別する」の「識」「別」が含まれるのではないか。
だとすると、國米が「味覚」にこだわった理由は何?
ほんとうに「味覚」が「賢人」につながるの? 「触覚」や「嗅覚」は「賢人」につながらないの? そういう疑問が出てくる。
でも。
しかし。
というか、なんといえばいいのか。
こんなふうに書きながら、私は、実は國米を批判したくて書いているのではない。
またまた強引な印象を与えるだろうけれど、この奇妙な逸脱というか、とんでもない(と私は感じる)國米の「語源学」に、やっぱり岡井隆の『注解する者』の「注解」に通じる楽しさを感じてしまうのだ。
「味覚する」ということばに対する國米の「注解」は、ギリシャ語(?)によっておこなわれている。「母国語」あるいは「母国語」の土台となっている隣接する国のことば、影響を与えつづけている国のことばではなく、遠くかけはなれた国のことばで「注解」すると、そこには母国語の「地層」を超えた奇妙なものが見えてくる。
岡井の「注解」は日本語の「地層」、その「断面」の美しい縞模様を感じさせてくれるが、国米の「注解」は「垂直」な地層ではなく、「水平」な地層(のようなもの)なのだ。そこにはほんとうは広い広い「亀裂」というか「隔たり」があるのかもしれない。けれども、その「亀裂」、「隔たりの深淵」は、「日本語」にとらわれなければ、かるがると飛び越せる(渡れる)ものかもしれないのだ。
「注解」するためには「知識」が必要だ。そして、その「注解」は「知識」によって、どんな形にもなりうる。「垂直」の地層を浮かび上がらせることもできれば、「水平」の地層を描き出すこともできる。
別なことばで言おう。
「注解」には「流儀」がない。どこからでも「注解」できる。どんなふうにでも「注解」できる。「味覚」ということばの「語源」をギリシャ語から「注解」することだってできるのだ。
「注解」に「流儀」がない以上、「注解」からはじまる世界は、「テキスト」に強烈な粘着力でつながっていながら、「テキスト」からどこまでもどこまでも「自由」に離れてゆくことができる。
國米の「注解」の運動は、次のように飛躍する。
「感覚が人を欺くのではなく、人が感覚を欺く」。それって、どういうこと? わからない。わからないけれど、なんだかわくわくしてしまう。なんだかわからないものを、あたかも「真理」のように平然と書いてしまう「文体」、その力にわくわくする、と言い換えてもいい。
そして、この「わくわく」する感じは、やっぱり岡井の「文体」につながる。
岡井の場合は、わけのわからない「真理」ではなく、くだらない(? 失礼!)徒労感や、日常の俗っぽい夫婦のやりとり、笑いのようなものが、「わくわく」させるのだけれど。
國米の書いていることと岡井の書いていることにはなんのつながりもない。なんのつながりもないけれど、その「文体」、なんでも「注解」してしまう、そしてその「注解」からはじまるずるずるとした「逸脱」、なんでそうなるの?ということばの動きがどこかで通じる。
「注解」すると、なぜ、ことばは乱れるのか。なぜ、とんでもない方向へ行ってしまうのか。そしてなぜ、そのとんでもない方向へ動いてしまうことが楽しいのか。その楽しさに詩を感じてしまうのか。
これは考えはじめると、とてもむずかしいことなのかもしれない。
だから、私は考えない。考えるのをやめて、岡井隆の『注解する者』は50年に一度の大傑作とほうりだしてしまう。
ねえ、だれか、もっと頭のいい批評家が真剣に分析してくださいよ。
國米隆弘「七われわれの療養所(抄)」の初出は『レトマイレオスの生』(2009年03月)。この作品には、びっくりしてしまう部分がある。
さて、ここで何よりも触れておかねばならないのは味覚についてである。私たちは官能の赴くままにそれを知り、触り、口にする、--味覚するということは、語源学的に「賢人」を意味する、sapio 「味覚する」sapiens 「味を識別する」等に属する。
びっくりしすぎて、私は笑いだしてしまった。
「味覚」の「語源」って、どうして外国語にあるの? 中国語なら、まだ漢字を借りてきた国だからわかるけれど、なぜ、sapio 、sapiens が語源? なぜ、sapio 、sapiens を「翻訳」してまで、そこに語源がある、といわなければならない?
國米って、国籍はどこ? いつもは母国語は何? 日本人じゃないの? 私は國米については何も知らない。申し訳ないが、詩を読むのは初めてである。日本人ではないのだとしたら、私の書いていることはまったく的外れだけれど、國米を私は日本人だと想像しているので、いやあ、びっくり。びっくりして、笑いだしてしまう。
変でしょ? 日本語の語源を日本語に共通する文字もない外国語にまで求めていくのは。そんな、どう読むべきかもわからないような「音」、音を表記したもののなかに日本語の語源がある、というのは。
語源学というのなら、「味覚」ということばが最初にでてきた日本語の文献、その文献のなかにでてきた他のことばとの関係を追っていかないと、とんでもないところへいってしまうのではないか。日本と同じ漢字をつかう中国で「味覚」はどんな「文字」で書くのか。それは本来どういう意味だったのか--そういう分析なら、なるほどなあ、と思うけれど、突然、何語ともしれない外国語が登場し(もっとも、『プトレマイオスの生』にはギリシャ語がたくさん出てくるのかもしれないが……)、それが日本語とつながっていると言われても、「そんなこといわれても、わからないよ」というしかない。賛成も反論もできない。納得のしようがない。びっくりして、笑うしかない。
「味覚」の「味」には「口」と「未」がある。「味」とは「口」で何かわからないものを、小さなものを、それが明確になるまで育てて、それが何であるか確定すること。「覚」は「知る」こと。「覚」の冠は「学」につながる。学ぶこと。そして「見」は「見る」こと、知ること。しっかり学んで、それが「見える」ように、認識できるようにすることが「覚」。というふうに分析していくと、「味覚」というのは、口で、何かわからないものを(認識のなかでは、小さくて不明のものを)、あれこれ調べて、つまり、記憶の何かと比較しながら、ああでもない、こうでもないと分類・分析し、それが何であるかはっきりとわかるようになること--という具合のことがらなら、まあ、わからないでもない。(もっとも、これは私がかってにでっちあげた分析なので、私にとって「わからない」ということはありえないのだが--このことは、またあとで書く。)
でも、私の分析(?)でいちばん問題になるのは、私の分析はけっきょく「味覚」の「味」、「口」につながる部分よりも、「覚」につながる部分が多いということ。「覚」の方に重点が置かれているということ。だから、「味覚」ではなく、「触覚」でも「嗅覚」でも、同じようにいえる。何かを学んで、分析し、それがどういうものであるか特定すること。わかるようにすること。それが「覚」のすべて。
そして、その「覚」のなかにこそ、「賢人」の「かしこい」とか、「識別する」の「識」「別」が含まれるのではないか。
だとすると、國米が「味覚」にこだわった理由は何?
ほんとうに「味覚」が「賢人」につながるの? 「触覚」や「嗅覚」は「賢人」につながらないの? そういう疑問が出てくる。
でも。
しかし。
というか、なんといえばいいのか。
こんなふうに書きながら、私は、実は國米を批判したくて書いているのではない。
またまた強引な印象を与えるだろうけれど、この奇妙な逸脱というか、とんでもない(と私は感じる)國米の「語源学」に、やっぱり岡井隆の『注解する者』の「注解」に通じる楽しさを感じてしまうのだ。
「味覚する」ということばに対する國米の「注解」は、ギリシャ語(?)によっておこなわれている。「母国語」あるいは「母国語」の土台となっている隣接する国のことば、影響を与えつづけている国のことばではなく、遠くかけはなれた国のことばで「注解」すると、そこには母国語の「地層」を超えた奇妙なものが見えてくる。
岡井の「注解」は日本語の「地層」、その「断面」の美しい縞模様を感じさせてくれるが、国米の「注解」は「垂直」な地層ではなく、「水平」な地層(のようなもの)なのだ。そこにはほんとうは広い広い「亀裂」というか「隔たり」があるのかもしれない。けれども、その「亀裂」、「隔たりの深淵」は、「日本語」にとらわれなければ、かるがると飛び越せる(渡れる)ものかもしれないのだ。
「注解」するためには「知識」が必要だ。そして、その「注解」は「知識」によって、どんな形にもなりうる。「垂直」の地層を浮かび上がらせることもできれば、「水平」の地層を描き出すこともできる。
別なことばで言おう。
「注解」には「流儀」がない。どこからでも「注解」できる。どんなふうにでも「注解」できる。「味覚」ということばの「語源」をギリシャ語から「注解」することだってできるのだ。
「注解」に「流儀」がない以上、「注解」からはじまる世界は、「テキスト」に強烈な粘着力でつながっていながら、「テキスト」からどこまでもどこまでも「自由」に離れてゆくことができる。
國米の「注解」の運動は、次のように飛躍する。
味覚は精神よりも信頼に値する--この感覚は人を快活なものにする、それも打ってつけのものにする。これに疎く貧しければ、おそらくその人は興味に値しない。あらゆる感覚に鈍重なものは、とんでもないことに感覚が人を欺くのではなく、人が感覚を欺いているということを知らないのだ。
(谷内注・本文に傍点がある部分があるが省略した。)
「感覚が人を欺くのではなく、人が感覚を欺く」。それって、どういうこと? わからない。わからないけれど、なんだかわくわくしてしまう。なんだかわからないものを、あたかも「真理」のように平然と書いてしまう「文体」、その力にわくわくする、と言い換えてもいい。
そして、この「わくわく」する感じは、やっぱり岡井の「文体」につながる。
岡井の場合は、わけのわからない「真理」ではなく、くだらない(? 失礼!)徒労感や、日常の俗っぽい夫婦のやりとり、笑いのようなものが、「わくわく」させるのだけれど。
國米の書いていることと岡井の書いていることにはなんのつながりもない。なんのつながりもないけれど、その「文体」、なんでも「注解」してしまう、そしてその「注解」からはじまるずるずるとした「逸脱」、なんでそうなるの?ということばの動きがどこかで通じる。
「注解」すると、なぜ、ことばは乱れるのか。なぜ、とんでもない方向へ行ってしまうのか。そしてなぜ、そのとんでもない方向へ動いてしまうことが楽しいのか。その楽しさに詩を感じてしまうのか。
これは考えはじめると、とてもむずかしいことなのかもしれない。
だから、私は考えない。考えるのをやめて、岡井隆の『注解する者』は50年に一度の大傑作とほうりだしてしまう。
ねえ、だれか、もっと頭のいい批評家が真剣に分析してくださいよ。
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