和合亮一「詩の礫2011.3.1-4.9 」(12)(「現代詩手帖」2011年05月号)
「悩んだ」。だれもがつかうこはである。和合は、ここではじめてつかっている。それまでもいろいろなことを「悩んだ」はずである。
の「決断しなくてはいけないのか」は「悩み」そのものだろう。また「事象」「事後」「意味」についてあれこれ考えていたのも、「悩み」に含まれるだろう。こころ・意識が動き、それが「答え」のないことばになるとき、ひとは「悩んでいる」。どうしようかまよっている。わからずにいる。
これは、ごく普通のことなのかもしれないが、和合は、そのことをていねいに書いている。こころ・意識・精神としてだけではなく、そこに「肉体」を結びつけながら、ていねいに書いている。「階段を下まで行って」という動きが、不思議と私のこころに届いてくる。まず「肉体」が動き、それを追いかけるようにして、こころ・意識・精神が動いてくる。あ、「悩み」というのは、こんなふうに「遅れて」やってくる--ということが、印象に残るのである。「悩み」が「悩み」として自覚される(反芻され、意識化される)までには、「時間」が必要だということが、印象に残る。
次の「つぶやき」に、その「悩み」とつながることばが出てくる。
まず、ガソリンからことばが動く。ガソリン→水→食料→心。数えあげるものがなくなったとき、心が「対象」としてあらわれる。それは、それまでこころがガソリン、水、食料といっしょにあったからだ。こころは単独では存在せず、何かと結びついている。対象があって、こころがある、という「二元論」ではなく、「対象=こころ」という「一元論」が、ガソリン=こころ、水=こころ、食料=こころ、を経て、「こころ=こころ」にたどりついているのである。こころが、こころを対象とするとき、それが「悩み」になるのだ。
前の部分で「悩んだ」と書いたから、和合は、ここでようやく「心」ということばをつかい、こころの存在を自覚している。
38ページに、「家族の健康が心配です」という表現があり、その「心配」のなかに「心」という文字がつかわれ、そこにも「心」はあるのだが、この「心」は「家族の健康」という対象と結びついている。「家族の健康」という「対象」に「配られている」。(心を配ることが「心配」ということである。)
そして、この「心」の存在を自覚したとき、和合が「詩の礫」を書く「理由」(書く根拠)もはっきりする。
こころをなくさないためである。
大震災のなかで、何をどうしていいか、わからない。何が起きたかも、実はわからない。そこから、どうやって生きていけばいいのか。「肉体」はたしかに「生きている」。ここにある。しかし、「こころ」は? こころは、何と結びついていいかわからず、うろたえている。何とも結びつくことができずに、そこに「いる」(ある)。
「詩の礫」のこの書き出しの「落ち着いた」は、こころがようやく結びつく対象を見つけ出した、こころを対象に結びつけながら(一体のものとして)動かすことができるようになったということだろう。「ありがとうございました」は、和合を「励まし」てくれたひとに結びつけることばなのだ。
「ありがとう」ということばのなかで、和合は、「他者」とともに生きているのだ。
多くの被災者たちも繰り返した、この「ありがとう」には、「励ましをありがとう」(援助をありがとう)を超えて、「あなたが(つまり、被災しなかった私たちが)、こうやっていっしょに生きていてくれてありがとう」という意味合いを含んでいるのだと思う。だから、私は震えてしまうのだ。私がこうやって生きているのは、ごく自然なことのように私は感じているが、生きてこうしてここにいるということは、何かの力によるものなのだ。そのことを、被災者の「ありがとう」から、私は感じずにはいられない。「ありがとう」と言わなければいけないのは私の方なのだ。「被災者のみなさん、生きていてくれてありがとう」と言わなければならないのは、私たちの方なのだ。それなのに、被災者から「ありがとう」と言われてしまう。
感想が少し逆戻りしてしまった。
「心がなくなるか」--そう書いたとき、和合は、こころをなくしてはいけないと決意している。こころをなくさないために、「詩の礫」を書こうとしたのだ。こころをなくさないために、「私は作品を修羅のように書きたいと思います」(39ページ)と書いたのだ。
そして、そのときの「心」は、和合だけのこころではない。「ありがとうございました」ということばで、私たちとつながるこころなのである。
私たちは、和合のことばをとおして、被災者とつながる。そのこころこそ、なくしてはならないものだろう。
「地震の揺れ(その力)」を、次は「めちゃめちゃにしてやっぞ」という強いこころ--そのこころと、私たちはつながらないといけないのだ。
なんだか説教臭い感想になってしまったが……。
また揺れた。とても大きな揺れ。ずっと予告されている大きな余震がいよいよなのかもしれない。階段を下まで行って、揺れながら、階段の先の扉を開けようか、どうしようか、悩んだ。放射能の雨。
(40ページ)
「悩んだ」。だれもがつかうこはである。和合は、ここではじめてつかっている。それまでもいろいろなことを「悩んだ」はずである。
家族は先に避難しました。子どもから電話がありました。父として、決断しなくてはいけないのか。
(39ページ)
の「決断しなくてはいけないのか」は「悩み」そのものだろう。また「事象」「事後」「意味」についてあれこれ考えていたのも、「悩み」に含まれるだろう。こころ・意識が動き、それが「答え」のないことばになるとき、ひとは「悩んでいる」。どうしようかまよっている。わからずにいる。
これは、ごく普通のことなのかもしれないが、和合は、そのことをていねいに書いている。こころ・意識・精神としてだけではなく、そこに「肉体」を結びつけながら、ていねいに書いている。「階段を下まで行って」という動きが、不思議と私のこころに届いてくる。まず「肉体」が動き、それを追いかけるようにして、こころ・意識・精神が動いてくる。あ、「悩み」というのは、こんなふうに「遅れて」やってくる--ということが、印象に残るのである。「悩み」が「悩み」として自覚される(反芻され、意識化される)までには、「時間」が必要だということが、印象に残る。
次の「つぶやき」に、その「悩み」とつながることばが出てくる。
ガソリンはもう底を尽きた。水がなくなるか、食料がなくなるか、心がなくなるか。アパートは、俺しかいない。
(40ページ)
まず、ガソリンからことばが動く。ガソリン→水→食料→心。数えあげるものがなくなったとき、心が「対象」としてあらわれる。それは、それまでこころがガソリン、水、食料といっしょにあったからだ。こころは単独では存在せず、何かと結びついている。対象があって、こころがある、という「二元論」ではなく、「対象=こころ」という「一元論」が、ガソリン=こころ、水=こころ、食料=こころ、を経て、「こころ=こころ」にたどりついているのである。こころが、こころを対象とするとき、それが「悩み」になるのだ。
前の部分で「悩んだ」と書いたから、和合は、ここでようやく「心」ということばをつかい、こころの存在を自覚している。
38ページに、「家族の健康が心配です」という表現があり、その「心配」のなかに「心」という文字がつかわれ、そこにも「心」はあるのだが、この「心」は「家族の健康」という対象と結びついている。「家族の健康」という「対象」に「配られている」。(心を配ることが「心配」ということである。)
そして、この「心」の存在を自覚したとき、和合が「詩の礫」を書く「理由」(書く根拠)もはっきりする。
こころをなくさないためである。
大震災のなかで、何をどうしていいか、わからない。何が起きたかも、実はわからない。そこから、どうやって生きていけばいいのか。「肉体」はたしかに「生きている」。ここにある。しかし、「こころ」は? こころは、何と結びついていいかわからず、うろたえている。何とも結びつくことができずに、そこに「いる」(ある)。
震災にあいました。避難所に居ましたが、落ち着いたので、仕事をするために戻りました。みなさんにいろいろとご心配をおかけいたしました。励ましをありがとうございました。
「詩の礫」のこの書き出しの「落ち着いた」は、こころがようやく結びつく対象を見つけ出した、こころを対象に結びつけながら(一体のものとして)動かすことができるようになったということだろう。「ありがとうございました」は、和合を「励まし」てくれたひとに結びつけることばなのだ。
「ありがとう」ということばのなかで、和合は、「他者」とともに生きているのだ。
多くの被災者たちも繰り返した、この「ありがとう」には、「励ましをありがとう」(援助をありがとう)を超えて、「あなたが(つまり、被災しなかった私たちが)、こうやっていっしょに生きていてくれてありがとう」という意味合いを含んでいるのだと思う。だから、私は震えてしまうのだ。私がこうやって生きているのは、ごく自然なことのように私は感じているが、生きてこうしてここにいるということは、何かの力によるものなのだ。そのことを、被災者の「ありがとう」から、私は感じずにはいられない。「ありがとう」と言わなければいけないのは私の方なのだ。「被災者のみなさん、生きていてくれてありがとう」と言わなければならないのは、私たちの方なのだ。それなのに、被災者から「ありがとう」と言われてしまう。
感想が少し逆戻りしてしまった。
「心がなくなるか」--そう書いたとき、和合は、こころをなくしてはいけないと決意している。こころをなくさないために、「詩の礫」を書こうとしたのだ。こころをなくさないために、「私は作品を修羅のように書きたいと思います」(39ページ)と書いたのだ。
そして、そのときの「心」は、和合だけのこころではない。「ありがとうございました」ということばで、私たちとつながるこころなのである。
私たちは、和合のことばをとおして、被災者とつながる。そのこころこそ、なくしてはならないものだろう。
だいぶ、長い横揺れだ。賭けるか、あんたが勝つか、俺が勝つか。けっ、今回はそろそろ駄目だが、次回はてめえをめちゃくちゃにしてやっぞ。
(40ページ)
「地震の揺れ(その力)」を、次は「めちゃめちゃにしてやっぞ」という強いこころ--そのこころと、私たちはつながらないといけないのだ。
なんだか説教臭い感想になってしまったが……。
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