詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

オタール・イオセリアーニ監督「汽車はふたたび故郷へ」(★★★★)

2012-06-24 08:07:52 | 映画
監督 オタール・イオセリアーニ 出演 ダト・タリエラシュヴィリ、ビュル・オジエ、ピエール・エテ

 オタール・イオセリアーニ監督の自伝らしい。旧ソ連の一共和国だった頃のグルジア。仲良し3人組(男2人、女1人)。そのひとりが映像が好きで、やがて映画監督になる。グルジアでは思うように映画が撮れず、フランスに出国するが状況はかわらない。そして、なつかしい故郷へ帰ってくる。
 というようなことは、半分重要であり、半分重要ではない。
 半分重要というのは、最初の方に音楽がたくさん出てくるからである。映画は映像と音楽でできている。監督は最初からそのふたつに深い関心があるのだ。イコンを盗みに行った先で歌を歌う。それも「斉唱」ではなくハーモニーを響かせるために。教会(?)の音響がよかったのかもしれない。だからハーモニーにしたかったのかもしれない。これは、彼の音楽に対する欲望だね。ひとつのメロディーがあればいいのではない。違ったものがであって、調子をあわせ、ひとりでは出せない音をつくりあげる。美しいなあ。それに女の声も加わる。
 ほかにもあらゆるところに音楽が出てくる。主人公たちが暗室に隠れて(?)写真を現像しているとき、髭を剃りながら歌う父親。映画のなかの、映画撮影のシーン。軍人(?)の暗殺があるのだけれど、その直前の楽団の演奏……。これはイコン(絵)や写真という映像への興味よりも重要かもしれないと思う。
 あらぬるものに、聞こえないけれど音楽が存在している。内包されている。古びた建物や、調度品。そこには、そこに生きてきた人の時間があり、ひとが生きていれば、そこにリズムがある。そして知らず知らずに交わされることば、音がある。リズムと音が出会えば音楽である。
 少年たちがぶら下がって移動する貨物列車、そして彼らがおとなになってから試写室(?)に窓から入るときの身のこなし、自転車--そういうものにも、彼らをつらぬく音楽、彼らの肉体のなかにある音楽がある。それが、自然に、とても自然にあふれるようにして肉体の動きになる。
 この音楽の存在を「自伝」として組み込んでいるところに、この映画のおもしろさがある。重要性の半分は、そこにある。いや、全部といってもいいかもしれない。
 思わず全部--と言ってしまうのは。
 音楽には独特の洗練がある。つまり形式だね。その形式が、生活を、生きるということを人間の内側から統一する。言い換えると、人間にはある音楽の形式があり、その形式に会わないことがらはできない。自分の音楽の形式にしたがって行動してしまう、ということ。
 これは主人公だけに視点を注いでいるとわかりにくいかもしれない。ちょっと目をずらして、たとえばおじいちゃんを見る。ダンスパーティーに行く。途中で若者に、「わっ」と脅かされる。その若者に頭突きで押収する。ダンスパーティーではちゃんと女性をみつけて踊る。ダンスは音楽にあわせて踊るものだけれど、年をとってくると、音楽のリズムよりも自分の肉体のリズムが優先するね。で、ほかのペアとぶつかる。こういう、いっしゅの「ずれ」のようなもの--そこにその人の「音楽」がある。
 主人公のほかのひととの調和、ずれも、音楽の違いとしてみると楽しい。ほんとうは思想や体制やらなにやらいろいろ複雑なものがからんでくるのだけれど、それを音楽の違い、それまでその人がなじんできた音階とリズムの違いと思えば、深刻な争いにもならないでしょ? その人の「芸術」そのものの違い。それは、政治ではないからね。権力ではないからね。
 突然あらわれる人魚、そして人魚とともに消えていく主人公。--これ、なあに? なんでもありません。思いつき。だからこそ、思想。理由なんかないのである。この音楽が好き、この音楽はあわない--そういうことってあるでしょ? この不思議な飛躍、その転調(?)。好きなひとは好き、わからないひとはわからない。そういうものを肉体の内部にもっていないだけ。
 私はいいなあ、と思う。人魚といっしょに手をとって、水の奥深く深くへ行ってしまうなんて。残された釣り竿を見て、あいつはどこへいったんだ?と思うなんて、しゃれている。
 そう、ウディ・アレンの「ミッドナイト・イン・パリ」より格段にしゃれている。たしかに雨にぬれたパリは美しいかもしれないが、人々が「芸術」なんてものを特に目指さずに、けれども音楽といっしょに生きているグルジアのつかいこれまた家々、緑、その自然、空気の色が、とてもとてもすばらしい。
                          (福岡・KBCシネマ2)





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