今会社合併に携わっている。私のいる金融業界を含めて日本企業は苛烈なリストラで、漸く収益力を回復してきたが、今後も合併やそれに伴うリストラは続くと考えておくべきだろう。その時リーダーたるものはどう考え、どう対処するべきなのか?ということは悩ましい題であり、時として先輩がどう振舞われたかを思い起こすことがある。
トップの部下に対する対応として、サラリーマン生活を通じて強く印象に残っていることが一つある。それは数年前に他界された元専務T氏のことである。T氏の最後のお仕事はある関係会社の社長としてその会社の整理をすることであった。私は当時整理する会社から人材を受け入れる立場にあったが、T氏が他界される2ヶ月程前T氏から私のところへ来る若い社員を宜しく頼むという電話を頂いたことがある。T氏が既に病床にあるということを聞いていた私はT氏が病を押して、十年以上も若輩の私にわざわざ電話されたことにいたく心を打たれた。
そしてその時私は孫子の兵法地形編にある「卒を視ること愛子(あいし)の如し、故にこれとともに死すべし」という言葉を思い出していた。解説するまでもないが「自分の部下の兵士に愛するわが子の様に接するので、部下は死力を尽くして戦う」ということである。
部下の指導等で優れた上司は他にも見てきたが、病の中で部下の行末をこれ程まで案じる心優しい上司を私は見たことがなかったし、私がその立場にあれば同じことができるかどうか甚だ疑問である。しかし厳しい時代であればある程時にT専務のことと「卒を視ること愛子の如し」という言葉を思い出したいと思う。
「孫子」は言うまでもなく、戦争と権謀術数のバイブルであるがその根底にある種のヒューマニズムがあることを忘れてはならない。「卒を視ること・・・」の一文を「兵士を死地に赴かすため、わが子の様に可愛がる」と功利的に解釈しては孫子の本質を間違うと私は思っている。企業に置き換えて解釈すれば「真に従業員を大事にする会社では、従業員は主体的に頑張るのでその会社は強くなる」と言うべきであろう。