エコノミスト誌は7月5日の記事で郵政改革法案の衆院通過と今後の見通し・論点等をまとめている。同法案が参院を通過するだろうという観測はエコノミスト誌による小泉改革への援護射撃とも取れなくはないが、一部の日本の新聞が参院における自民党の数の少なさから法案の廃案を予測する論調にあるよりは冷静な見方かもしれない。あるいは説明不足の小泉首相になりかわってエコノミスト誌が郵政事業民営化の意義と問題点を解説して国内外各界のコンセンサスを得ようとしているのだろうか?
いずれにせよ「法案が通過するかどうか」ということばかりに関心が移ってしまった感があるが、郵政事業民営化の影響を冷静に考えることが必要だろう。エコノミストの記事はこの点からも正鵠を得ているのでポイントを紹介したい。
- 小泉首相は参院で法案が否決された場合、衆院の解散・総選挙という脅しをかけている。参院での自民党議員割合は衆院より少ないが、参院のリーダーの統制力があるので法案は通過すると思われる。何故なら東京都議選で見られた民主党の躍進を考えると自民党内で誰もこの時期の総選挙を望んでいないからである。又小泉首相の人気度合いは5割を切ったとはいえ、自民党内では一番人気が高い。
- 一方郵政事業民営化により郵政労働者と地方投票者の指示を失うことは自民党にとって悩ましいことである。従って小泉首相は民営化のタイムテーブルにおいて譲歩を行ない完全民営化を2017年まで延期しているのである。
- 郵貯+簡保の残高は386兆円、これは世界のトップ銀行(東京三菱+UFJやUBS、シティバンク、みずほ)の個別預金残高の3倍近い預金残高である。郵貯が民営化されるということはこの巨大な資金が市場に出てくるということである。日本の郵政公社の役割に対するより大きな批判は、金融システムに大きなひずみがある日本において資金が誤って配分されていることをベースにしている。
- 郵貯残高は265兆円でこれは総預金残高の約3割であるが、郵貯は税金や預金保険料を払っていない。これは郵貯が実質的な補助金を得ているのと同じである。銀行業界は郵貯の業務自由化・拡大の前にこれらの補助が取り払われるべきであると主張している。
- また信用リスク判断経験の少ない郵貯が与信判断を誤り、不良債権問題を悪化されることへの懸念がある。また郵貯と銀行で監督官庁が異なることも問題だ。また郵便局の支店ネットワークは潜在的な競争相手である銀行より大きいので、銀行業界の中には業務撤退を強いられるようなところがあるかもしれないと銀行業界は恐れている。
- 郵貯が民営化されると現在のように国債を買い~そしてその国債発行替り金で効果の疑わしい公共投資を行なう~といったことはできなくなるだろう。これは地方の自民党支持者の権益に反することだ(それ故自民党内に郵政改革に対する反対が強い)
以下はかなり個人的な異見であることを承知で「大きなサービス・技術の変革の流れの中」で郵政事業問題をちょっと論じてみた。
- 郵貯問題と増税問題は別の話のようで「国の借金のファイナンス」という点で強いリンケージがある。郵貯で国債を買うということは借金を先送りすることだが、財政が改善しない限りいずれは破綻する懸念がある。増税は痛みであるが借りたものは返さないといけないのは国も個人も同じ話。そろそろ借金の退路を断って財政健全化に向かう必要があるだろう。
- 紙ベースの郵便はもっと電子メールに置き換わらないのだろうか?私個人的には相当電子メール化している。残るところは年賀状とか転勤挨拶状位だ。これも電子メールの普及でいずれ変るのではないか?紙ベースの手紙・葉書がなくなるとは思わないが、10年、20年のタームで考えるとエネルギーコストの上昇等から郵便配達コストが上がる可能性は高いと考えている。もし郵便料金が上がれば電子メールへのシフトが進むかもしれない。
郵便貯金業務と銀行の業務の競合は?ということも職業柄大いなる関心事である。しかしながらこの問題については「自己に近すぎる問題」だけにバイアスがかかり、冷静な分析が曇る可能性がある。いずれゆっくり考えたいが「今の姿」をベースに論じるだけではなく、郵政事業が完全自由化される12年後のIT技術や金融市場の革新とか人口動態等を踏まえながらものを見て行きたいと思う。例えば電子マネーの普及等が金融機関における小口現金の出し入れという現在の窓口業務を変える可能性もあるか・・・などとも考えている。