詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

井川博年「バスに乗って」

2008-12-27 14:24:18 | 詩(雑誌・同人誌)
井川博年「バスに乗って」(「現代詩手帖」2008年12月号)

 井川博年「バスに乗って」の初出誌紙は「読売新聞」2008年04月01日。
 ことばはいつまで生きているのだろう、と思った。ことばに「死」はないかもしれないが、それでもふとそんなことを思った。あまりにも、ことばが古い。

バスに乗って田舎に帰った。
老いた両親の待っている
山の麓の小さな村へ
父と母の喜ぶ甘いものと
近所のひとに配る都会の土産を
新品の鞄につめて手にさげ
月賦で求めた背広を着て
新しい靴を履いて
石ころだらけの山道を一時間
満員のバスにゆられ

 「山の麓」「小さな村」「甘いもの」「都会」「新品」「月賦」「背広」。どのことばも知っている。知っているけれど、いま、私はそういうことばをつかわない。私はたぶん井川の書いている「山の麓の小さな村」よりはるかに山奥の、はるかに小さい集落の生まれだが(今ではバスは1日2便である。家の近くではどこでも留めて降りることができる)、それでも、いまは、そういうことばをつかわない。私の生まれ育った集落のひとももうそういうことばをつかわない。
 井川はなぜこんなことばをつかったのだろう。
 詩のつづき。

そうしてようやく
村の入口のバス停に着く
そこからは暗くなりはじめた村道を
両親の家まで駆けて行くのだ
はや明かりの灯いている
古いなつかしい家の方へ

 ことばはどんどん古くなる。「はや」。あ、こんなことばを井川は日常的につかっているのだろうか。
 これは、現実を描いているのだろうか。
 2連目。

バスに乗って田舎から帰った。
両手にいっぱいの手土産を持って
手を振りながらバス停に急ぐ
がらがらのバスに飛び乗ると
土産物を棚に上げたまま
旅行者のふりをして知らぬふり
窓ガラスに映る泣きべその
顔ばかり見ているのだ

 詩はまだまだつづくのだが、この連には1連目のような「古い」ことばはない。(あとでふれる「夜行列車」が唯一の例外だが。)そのかわり、びっくりするようなことが書かれている。

旅行者のふりをして

 これは、私の感覚では、とても理解できない。「石ころだらけの山道を一時間」かけてたどりつくような村に「旅行者」って、来るの? 少なくとも、私の田舎の集落にはやってこない。そして、そこでは(私の集落では、という意味である)、私が帰郷したなどといわなくても(近所のひとにお土産を配ってまわらなくても)、私の帰郷を知っている。隣近所(といっても 100メートルも離れているけれど)ばかりか、私の家からさらに何キロも離れたところに住むひとまで知っている。故郷を離れて何年にもなるので、私は故郷のことをほとんど知らないが、故郷の方では(故郷を離れなかったひとびとは)私のことを知っていて、「旅行者」なんかには絶対になれない。私の田舎では乗合バスに乗るのは、車を運転できないお年寄りだけである。車で移動するしか方法がない、というのが町から離れた「限界集落」の現実である。
 この詩は「現代」を描いていない。
 2連目の最後の方に「夜行列車を乗り継いで」という行が出てくる。こういうことも、現代では、実現不可能だろう。JRを私は最近利用していないので確かめたわけではないが、乗り継ぎができるほど「夜行列車」が走っているだろうか。(いま「夜行列車」ということばをつかって旅行の計画を立てる人は、まずいない。)
 この詩は、簡単に言えば、いまとは無関係である。井川の記憶を描いているのだろう。そのために、あえて古いことば、いまはめったにひとがつかわないことばを書き並べているのだろう。記憶を残すように、ことばを残したいのかもしれない、井川は。
 しかし、記憶であると仮定したとき、また、先に指摘した1行が気になる。

旅行者のふりをして

 何十年も前の古い時代の記憶だと仮定したとき、この1行はとても異様だ。何十年も前の田舎--人間関係が濃密な田舎では、「旅行者」はすぐにわかる。乗合バスに「旅行者」がいれば、それはすぐにわかる。絶対に、「ふり」などできない。ひとが「旅行者」のふりをできるのは、田舎ではなく、都会なのだ。そこでは、誰が誰であるかわからない。知らんぷりをできる。装うことができる。しかし、田舎では装うことはできない。だれもがみんな知り合いというのが田舎だからである。

 遠い昔をなつかしく思うことは誰にでも共通することかもしれない。古いことばをきちんと残したい。古いことばの持っている味を引き継ぎたいというのは、とても大切なことだとは思う。しかし、そういう思いを優先させて、「古い記憶」そのものを偽りのものにしてしまっては、古いことばをつかった意味がない。
 井川は、単に「古いことば」をつかって、人の郷愁「のようなもの」をあおっているだけなのである。私は、こういうセンチメンタルを利用した詩が、とても嫌いだ。

 「旅行者」にケチをつけたついでに、最後まで引用して、もうひとつ批判しておく。詩は、次のようにつづいている。

遠くキラキラ湖水が光り
室内灯をつけたバスははずみながら
眠った乗客を乗せ
橋の多い市街に近づいて行く
そこから駅に降り立って
夜行列車を乗り継いで
ひとのいっぱいいる都会に
また帰るのだ

 「がらがらのバス」「室内灯」から、このバスが夜(少なくとも日が落ちてから)走っていると想像できる。(夜に街の方へでかける人は少ないから「がらがら」なのだ。逆に、朝は町から田舎へ向かうバスは客が少ない。)室内が明るく、外が暗いからこそ、窓ガラスが鏡のようになり、そこに「泣きべそ」の顔も映るわけだ。そうだとするなら、

遠くキラキラ湖水が光り

 とは、どういう状況だろうか。なぜ夜の湖水が「キラキラ光」るのだろう。何の反射?星、ということはないだろう。街の明かりでもないだろう。考えられるのは月くらいしかないが、もしそうなら、きちんと月を見たと書かないと、不自然だろう。

 記憶というのは、誰の記憶も、しだいに薄れ、歪んでいくものだろうけれど、その歪みに気がつかないだけとは、とても思えない。
 ノスタルジックなことばを書きたい、そういうことばを書きつらねることで同じ年代の共感を得たいという思いが強すぎて、ことばをねじ曲げているのではないだろうか。
 つかわれたことばがかわいそうである。




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リッツォス「タナグラの女性像(1967)」より(6)中井久夫訳

2008-12-27 00:12:45 | リッツォス(中井久夫訳)
囚人    リッツォス(中井久夫訳)

彼は、窓を開ける度に、自分の姿をこっそり見た。
通りの向かいの家の窓越しに。
対面の部屋に縦長の大きな鏡があった。
その部屋に何かを盗みに入った気がした。
我慢ならぬ、新鮮な空気ももらえず、太陽も、少しも拝めぬとは。
ある日、彼は石をつかんで、狙って、投げた。音がして、
その家の人が窓に顔を出した。「やや」とその人は言った。
「鏡の中の自分を見ようとする度に、背越しにおまえさんが
うさんくさそうに私をみる、--我慢ならん」
相手は背を返して部屋に入った。自分の持ち物の空間に。その部屋の
鏡の中には、お向かいさんが、歯に短刀をくわえて持っていた。



 シンメトリーの世界。
 何よりもおもしろいのは、4行目である。向うの部屋の鏡に自分が映る。それを見て、まるで自分がその部屋に「盗みに」入ったように感じる。「盗みに」ということばが出てくるのは、「囚人」が「盗み」を働いてとらわれているからかもしれない。非常に、なまなましい感じがする。
 そして、その次の行。それが指し示す世界が、二重に見えることもおもしろい。
 「我慢ならぬ、新鮮な空気ももらえず、太陽も、少しも拝めぬとは。」とは、囚人のことばなのか。それとも、向うの部屋の鏡に映った「自分」の声なのか。私には、鏡の中の男の声に聴こえる。「監獄」のなかに閉じ込められている男ではなく、鏡の中でしか動けない男の声に。監獄のなかよりも、鏡の中の方が狭い。その狭さ、窮屈さに鏡の中の男は怒っている。--もちろんそれは、実際の囚人の心境の反映ではあるのだが。
 それから以後は、もっと複雑になる。向き合った鏡が、その中で像を増殖させていく感じである。鏡のなかに映った自分を見ようとすると、その鏡の中の男が、自分の背中越しに自分を見ている気がする。つまり、「盗人」が鏡の中の姿を見ようとすると、その「盗人」の将来の姿である「囚人」が自分を見ている--つまり、「盗人」をすれば「囚人」になることがわかって、その「盗み」を見ているのである。
 この増殖するイメージの構造に怒って、鏡の中の「盗人」は、囚人が自分の部屋の鏡を覗き込むときを狙って、囚人を背後から襲おうとする。鏡に、刃物を映してみせる。「通り」を挟んで離れていても、鏡の中では「ふたり」は重なり合う。その重なりあいを利用して行われる殺人。
 これは、とてもスリリングである。
 この詩は、これだけですでに短編小説であるけれど、この詩を土台にして(というより、そっくりそのままいただいて)、小説を書いてみたい、という欲望にとらわれた。ボルヘスの小説よりおもしろくなりそうな気がする。


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