詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

暁方ミセイ「アンプ」、池井昌樹「月」

2013-07-27 23:59:59 | 詩集
暁方ミセイ「アンプ」、池井昌樹「月」(「歴程」585 、2013年07月15日発行)

 暁方ミセイ「アンプ」は、ことばの出てくる瞬間がぴりぴりしている。

真夜中はアスファルトに電気をまき散らし
昼間とは無関係の、
たとえば朝へは通じていない路地。
物の表面から溢れ、道に満ちてくる水。
これらの発育を助長する。
細胞と水と、
一瞬ずつ反応する神経が
私である。
同じ夜にいる、あなたの家の前を通る。

 「一瞬ずつ反応する神経」ということばがあるが、力点はどっちだろう。「一瞬ずつ」か「神経」か。ぴりぴりした印象からいうと「神経」なのだが、それがぴりぴりになるためには「一瞬」がないといけない。持続したままぴりぴりではなく、とぎれとぎれにぴりぴり。そして、そのぴりぴりが断絶しながら持続する。
 「一瞬」を増幅するアンプが「神経」ということかもしれない。「一瞬」が増幅し、次の「一瞬」に侵入していく。接続ではなく、何か、侵入し内部から変更していくという感じがする。

わたしが轢き殺されている何かに敗れて
草むらに投げ出されているのを
電車のよごれた明かりのなかから見る。

 「わたし」はどこにいる? 「草むら」に投げ出されているのか、それとも「電車のなか」か。
 両方にいる。
 ひとは同時に別の場所に存在できない、というのは「自明の論理」のようであるけれど、これは「ひと」を不連続の「個人」ととらえるからである。個人個人が「肉体」として別個に独立していると考えるのは合理主義(資本主義)の「方便」である。
 そうではなくて、「ひと(いのち)」はどこまでもつづいていると考えれば、ひとは同時にいくつもの場所に存在しうる。(これもまた「方便」かもしれないが。)
 私はいま「ひと」を「いのち」と括弧のなかへいれることで言い換えたのだが、暁方なら、それを「神経」と呼ぶだろう。

一瞬ずつ反応する神経

 というのは、ごく常識的に考えれば、「ある一瞬」ごとに反応する神経ということになるが、暁方にとっては違うかもしれない。
 暁方の「一瞬」は同時に別の場所で存在する「一瞬」である。離れて存在する何かが「一瞬」という共通の時間に反応する。そして、その反応という動きのなかでつながる。反応は「神経」が反応するのだが、それを「肉体(いのち)」と考えれば、「いのち」の広がりが、かけはなれた「一瞬」を結びつけ、そこに世界を構成する(世界を生み出す)ということになるかもしれない。
 この結びつきを、「接続」ではなく「侵入」という形でとらえなおせば、「いのち」が「ひとつ」であることは、もっと身近に感じられる。
 --まあ、これも、方便だけれどね。
 論理(ことばの運動、説明)というのは、いつでも嘘っぱちで信じてはいけないのものなのだけれど、そういう嘘へ動きだす瞬間のなかには、ある何かが「ある」。
 で、その「ある」が、暁方の「アンプ」に反応し、あ、おもしろいじゃないか、と言っている。--これを「感覚の意見」という。



 池井昌樹「月」は暁方とはまったく別なことばの運動。

それはきれいなおつきさま
あんたも みてみ
でんわのむこうでいなかのははが
はははしせつにゆくことになり
それはきれいなおつきさま
のぞんでももうかなうまい

 田舎からの電話が、母は施設に行くことになったと告げる。そのとき池井はその電話の声を聞くと同時に、遠い昔の母の声を聞く。「それはきれいなおつきさま/あんたも みてみ」。いまの母、かつての母、いまる時間、かつての時間が区別なく「ひとつ」になっている。
 これは「流通経済学(論理学)」としては矛盾。でも、そういうことが「ある」。
 そして、その矛盾から、池井は「いま/ここ」ではなく、「かつてのとき/かつての場所」を選ぶ。

ばんさくははやつきはてて
むすこはみじかいしをかいたのだ
ははとならんでいなかのいえで
つきをみあげるみじかいし
--それはちいさな
  まずしいつきを

 暁方の詩とは違って、ぴりぴりはしない。かといって、ひりひりもしない。かなしいけれど、しずかで、ゆったりする。
 暁方のことばが、はなれた「一瞬」へ侵入していくのに対して(離れた一瞬が侵入し合うのに対して)、池井の場合は、池井をみつめる何かが遠くからやってきて、池井をつつむ。池井は、その抱擁のなかで放心する、という感じ。
 母を介護施設にいれなければならない、ほかに何もできない--という無念さの一瞬でさえ、その池井をつつみこむように母がやってくる。そうして「それはきれいなおつきさま/あんたも みてみ」と言うのである。


ウイルスちゃん
暁方 ミセイ
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