詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

平田好輝「美しい川」

2013-12-13 10:44:16 | 詩(雑誌・同人誌)
平田好輝「美しい川」(「現代詩手帖」2013年12月号)

 平田好輝「美しい川」(初出「第四次 青い花」74、03月)を読む。詩を好きになるのはあることばが好きだからである。その詩のなかで、あることばが、今まで見たことのないことばとして見えてくる--その瞬間に夢中になる。

水晶が溶けて流れているとしか思えない
そんな水の中に
両手をさし入れて
石をめくる

石の蔭から
小さな魚がこぼれ出る
せいいっぱいにヒラヒラと全身を動かして
溶けた水晶に溶けて行く

幼いわたしは
魚の溶けた水を
蹴散らして歩く

そんなに乱暴に歩いては
魚なんか取れやしない
三つ年上の従姉は
スカートをたくし上げて
白い股を全部見せながら
幼いわたしに文句を言った

 最終連の、「白い股を全部見せながら」の「全部」がいい。簡単なことばだけれど、ちょっと言えない。
 「全部」といっても、それは「全部」ではない。
 いや、これにはかなり補足説明をしないといけないのだが。
 つまり、大人が「白い股を全部」というときは、そこに股以外のものがつながっている。股を全部見るということは、性器も見ることである。--そういうことは、幼いこどもでも、実はわかっている。
 でも、幼い平田が見たのはもちろん性器を隠した「全部」である。見せることができる股の「全部」である。そこに隠れされたものがあるとわかっていて「全部」と言っているのである。
 こどもだから「わからない」のではなく、こどもだから「わかる」のである。その「わかる」は知識ではなく本能、直感である。
 それが本能/直感に触れてきたからこそ、そこで平田は、あれだけ追いつづけてきた「水晶の溶けたような/溶けた水晶のような」水を忘れてしまう。透明を忘れて「白い」に夢中になる。「白い」が隠している「本能」を見てしまう。
 「白い透明」は水のように、そのなかにあるものを見せはしない。「白い輝き」は隠しているものがあるということを見せる。

 --と、言っても。
 幼い平田(何歳だろうか)は、ほんとうに幼いときにそれを、そのことば通りに見たのだろうか。
 たぶん、見てはいない。
 それはあの日の川の水を「水晶が溶けたような/溶けた水晶のような」流れと見ていないのと同じである。幼いときは、そういう「比喩」は出てこない。幼い平田が実際に「水晶」を見たことなど、ないだろう。
 大人になって、いま、振り返って「水晶が溶けたような/溶けた水晶のような」水と、ことばを整えているのである。「水晶が溶けて」「溶けた水晶」とことばを入れ換えても「同じ」であると「わかる」のは、ことばを整えるということが「わかる」ようになってからである。幼いこどもは、そんなふうにことばを動かしたりはしない。「水晶が溶けた」と「溶けた水晶」は違ったものに見えてしまう。同じに見えるのは、ことばの動きが「無意識」にわかるようになってからである。
 だから、いまここで書かれている「全部」も、あのときに見た「全部」とは完全に同じではないのである。あのときに見た「全部」を整えて、あえて「全部」と言っているのである。あのとき無垢な本能/直感で「全部」と感じた「白い股」を、いまは、本能を知り尽くした上で「全部」と言うことで、逆に性器を隠す。隠すことで、エロチックになっているのである。

 この「全部」を通って、ことばが往復するとき、無意識的に動いてしまう何か、それがおもしろい。

みごとな海棠―平田好輝詩集
平田 好輝
エイト社
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

西脇順三郎の一行(26)

2013-12-13 06:00:00 | 西脇の一行
西脇順三郎の一行(26)

 「無常」

バルコニーの手すりによりかかる

 書き出しの一行。「よりかかる」という動詞が「無常」と向き合う。「無常」というのは、正面切って向き合うというよりも、ぼんやりと、どうしていいかわからずに、何かによりかかって向き合ってしまうものかもしれない。
 「主語」は「私」なのか、それともほかのだれかなのか。
 2行目は「この悲しい歴史」。この2行目が「主語」かもしれない。そうに違いないと私は思う。その「悲しい歴史」が何を指しているかわからないが、わからないからこそ、そう思う。
 「よりかかる」という動詞のなかで、ひとと歴史が重なり、同じ姿勢をとる。それが「無常」ということだとも思う。
西脇順三郎コレクション〈第2巻〉詩集2
西脇 順三郎
慶應義塾大学出版会
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする