詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

大江麻衣『にせもの』

2012-09-07 10:44:17 | 詩集
大江麻衣『にせもの』(紫陽社、2012年08月25日発行)

 大江麻衣『にせもの』はたいへんおもしろい。今年いちばんの詩集である。間違いない。まったく新しいことばが動いている。で、どこが新しいかというと、古いところが新しい。というのは矛盾した言い方になるが、ことばがぜんぜん新しくない。古いといっても、古くさいわけではない。それなのになぜ古いというかというと、古いとしか言いようがないからである。どんなふうに古いか、ということを書けばいいのかもしれない。で、どんなふうに古いかというと、簡単に言うと。
 そのことば、つかわない、という具合に古いのである。なぜつかわないかというと、そんなことを書いてもぜんぜん新しくないという気持ちが働いて、つかう気になれないのである。つまり、これは詩のことばに向いていないなあ、つかうことはないなあ、と思って捨ててきてしまったことば--そういう印象を、ぼんやりと与えるところが「古い」としか言いようがないのである。
 「あたらしい恋」の書き出し。

考えることの長さには限界があるのでひらがなではなく漢字で
書く。この最初の字がとても好きだ。昔の辞書でも探す、彼の
うまれた時はその意味であったのだから、その意味を託されて
つけられたのだから、その意味を込められて半生を引きずって
きたのだから。

 いきなり「考えることの長さには限界があるのでひらがなではなく漢字で書く。」と言われても何のことかわからないが、これは気にしない。誰だってはじめてあった人のことはわからない。「おはようございます、こんにちは、こんばんは」はそういう知らない人に対して、私は怪しいものではありませんと呼びかけることばである。私はこういうあいさつ仕方を知っています。それはあなたか知っているものと同じでしょ、という接近の仕方なのだが、それは知らないこと、わからないことを言っても安心してね、というあらかじめの言い訳なのだ。
 で、人は、知らないこと、わからないことを言うものである。いっしょに暮らしているわけでもないのだから、わかるわけがない。いっしょに暮らしていてもわからないものである。だから、わからないことは気にしない。わからないことがあるというのは、その人が私ではないということなのだ。それがわかればいい。
 つづきを読んでいくと、どうやら「わたし(話者=大江)」には好きな人がいるらしい。その人の名前を漢字で書いてみる。それから辞書で、この漢字の意味は何だろうと調べてみる。いまの辞書だけではなく、「昔の辞書」も引いてみる。「昔の辞書」は彼が(で、いいのかな?)の生まれた時の「意味」も書いているから。--というのは、どこまで事実なのかわからない。ことばは急速に変わるけれど、変わらないものもある。まあ、いいのだ、そういうことは。大切なのは「昔の辞書」というこだわり。その辞書のなかに意味を探しに行くということ。そのなかには、私たちが捨ててしまった「古い」何かが残っている。それを探してみようとするところ。
 この、捨ててしまったけれど、まだどこかに残っているものをすくい上げて、それを抱きしめて、もう一度、そのことばを生きてみる--そうすると、「わたし」は「彼」との時間のなかで重なる。それは時間ではなく、まあ「肉体」なのだけれど、というのは、詩のつづきを読むとはっきりする。

       字は後からついてきた。何度も書く漢字は性的
な意味を持ってくる。これが彼の体であり存在なのだ。何度も。
最初の一画があなたの爪になる。すべて書き終えるとそこに肉
体だけが横たわっているのだ。

 「捨ててしまった時間」が「肉体」であるということは、詩を読むと「はっきりする」と書いたのだが、この「はっきりする」というのは、別なことばで言えば、「わからなくなる」、「わからないけれど、そんなかんじじゃないかな」という思いが強くなるの、「強くなる」という感じのなかにある。どんな感情にも、ことばにはならないけれど、ことばにならないからこそ、「あ、これだ」という思いが強くなるという瞬間があり、こういうとき「わかった」「わかる」という思うでしょ? 「わかっているけど、それが言えないだけ」と言えばいいのかな?
 「字は後からついてきた。」これ、何? どういうこと? あ、好きな人の名前を漢字で書いてみればわかる。漢字を書くとき、ほんとうに漢字を書いているのかな? そうではなくて、名前を呼んでいる。そこに彼はいないので、返事はない。そのかわり、そうか、これが彼の名前の漢字だったのか、と思ったりする。まあ、漢字を知らないと名前を書くことはできないのだが、「思い」というのはそういうことを無視して、書いてしまったあと、「そうか、これが彼の漢字なのか」ということを発見する。ここには「時系列」の混乱があるのだけれど、そういう混乱が「好き」ということだろう。
 さらに書いている内に、彼のことを思う。抽象的手はなく、具体的に、つまり肉体として目に見えるもの、手で触れるもの、あるいは舐めることができるもの、においをかぐことができるものとして浮かび上がってくる。それは、「わたし」にとって知っているもの、わかっているものなのだが、そうやって思い出してみると、いまはじめて知った、いまはじめてわかったという感じがする。「いま」しかないという気持ちになる。これもまあ、「論理的」に考えれば変なことなのだけれど。そして、その「変」のなかには、やっぱり、捨ててきてしまったものが、その「過去」から一気に噴出してくるようなもの、「過去」が「いま」になってしまうような感じの矛盾がある。古くさいことが(つまり知っているはずのことが)、新しく、なまめかしく、うれしい。古くさいことが(知っているはずのことが)、知らない何かへ導いていく。

言葉をかわせば、その話がどこに到達するにせよ終わるまえに
わたしはもう、くびすじに短歌を繰り返している。恋は昔から
歌なのだからと、くびすじ、の部分をあてはまるように替えて
いくのだ。こんな恋は到底出来ない。よろこびにおどる歌詞で
は出来ない。どんなうれしさからも遠い。肉体で好きだと思っ
ている。互いの話に興味がないのだ。でも喋りたい。声は肉体
に跳ね返る。
その感じが生まれるための花のこと、その起源から流れるあな
たの仕事のこと。そのことを教えたい、と肉体が思っている。

 「くびすじの短歌を繰り返している。」これは変なことばだねえ。論理の脈絡がわからない。わかないのに、「くびすじ」も「短歌」も「繰り返している」もわかる。こういうところが、ようするにまったく新しく、ほんとうに古くさい。捨ててきてしまったものだ、という感じをさらに強くする。
 別なことばで言えば。
 「くびすじ」「短歌」「繰り返している」という「わかる」ことばが、そのまま私の肉体に直接くっついてくるのである。「短歌」というのは「頭」を潜り抜けるけれど、その頭を潜り抜けた後は、やっぱり肉体にはりついてくる。「くびすじ」と「繰り返す」ということばが、何かを動かす。ことばにならないものを動かす。そして、「くびすじ」は大江が書いているように、「くびすじ」ではなく他の「(肉体の)部分」を探しはじめる。「耳の後ろ」「背中のねじれ」「足裏」「指の先」。どこか、私にぴったりの「くびすじ」にかわる場所があるはずだ、と探しはじめる。--そして、このとき、その「探しているもの」をこそ、私たちは知っている。わかっている。「そこ」と。
 それは、すでにことばになってしまっている。けれど、「わたし(大江)」のなかではまだことばになっていない。「肉体」のままの状態だ。だからこそ、ことばを書く。「肉体」のどこかなのか、を書く。探しながら書く。そして、それが見つかるまでのあいだは、不幸といえばいいのか、幸福といえばいいのかわからないけれど、それは「肉体」である。
 不幸か幸福かわからないというのは、「部分」がわからないとき、そのわかっていることは「肉体全部」であるからだ。これは絶望でありながら至福だ。ここには、激しい往復がある。肉体を駆け抜ける気持ちの「強さ」がある。
 こういうことは、たぶん、だれもが知っている。わかっている。つまり経験している。そして語り尽くされているとも思っている。だけれども、それはいつでもほんとうは「新しい」。古いからこそ、新しい。それは別のことばで言えば、「つづいている」のである。つづいていることのなかに「意味」がある。「肉体」の「部分」は「てのひら」とか「くびすじ」とか名前はいろいろあるが、それは切って取り外すことはできない。「肉体」が「つづいている」ように、私たちのことばも何かと「つづいている」。その「つづいている何か」を大江は「肉体」のように目の前に存在させる。

 これはすごい。
 すごいなあ。
 --そう思うと同時に、私は、ちょっと、大江に嫉妬している荒川洋治の姿を思い浮かべた。ここには荒川洋治の書きたいことが全部書かれている。大江は突然あらわれた荒川洋治を超えた詩人なのだ。
 荒川がすごいのは、そういう詩人をきちんと受け止め、その詩を詩集にして出版していることだ。



 アマゾンのアフリエイトバーがないので、詩集の出版元・紫陽社の連絡先を書いておく。170部の出版なので、売り切れにならないうちに買ってください。この詩集を読まないと、2012年の大事件とはぐれてしまいます。
〒189-0011 東村山市恩多町4-41-41 紫陽社
FAX 042-392-8854



忘れられる過去
荒川 洋治
みすず書房
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする