犬の鎖はゆるくたわみ、/異聞
犬の鎖はゆるくたわみ、春の光を反射していた。
泥は、とっくに乾いていた。
前脚の上に顎をのせて息を吐いている。
無害であることを恥じるようによわよわしく匂った。
遠いところからわけのわからないものをひきずってきたのだが、
ここで犬になってしまった。
棒で打たれて膝が折れ、震えているのを見たとき、
からだのなかで騒いでいたものがしいんとなった。
*
鎖は犬と杭の距離のあいだで、ぬるい重さを形にするかのように、たわんでいる。
互いの空洞に互いの腕をからめるという比喩がぶら下がって、
だらしないということばになろうかどうしようかと考えている。
(主語は、犬ではなく、鎖である。)
*
二つ目の文章で「主語」を犬から鎖にかえている理由について。
この文章を書いたとき、その男は(つまり私のことだが)、どこへ隠れようとしたのか。最初は、多くの人間のように犬に隠れようとした。犬を比喩として生きようとしたのだろう。しかし、それはあまりにも比喩の定型になりすぎると私は(つまり、その男のことだが)考え、鎖に隠れることはできないか考えてみたのだ。
(これは本心からではなく、その方が詩になると思ったからである。)
犬をつないだり、ひっぱったりする鎖は、実は犬につながれている。犬がつながれているのではなく、鎖の方がどこへも行けない、というのは、視点を入れ替えてみただけのことであって、比喩にもなっていない。
犬が動かないと、たわんだまま春の光を集めることしかできない。
錆びていないのは、みっともない話だが、それが鉄ではないからだ。
静物画/課題
石が縄に縛られたまま椅子の上にある。
縄は死んだ獣の尾となって、椅子から落ちている。
椅子は木のものから金属のものにかえられたあと、さらにガラス製にかえられた、
という仮説を挿入したまま
それを花の絵(鉛筆のみ使用)として描きだすという課題。
(灰色/四センチ×七センチ×九センチ)
(白/二・一メートル)
(三十五センチ四方、高さ四十五センチ)
肉が落ちてゆき、
骨が太くなる。
もしその下で
水栽培の球根の根がからみあい臭い息を吐いていたら。
泣いているのは、
まどろみだろうか。
目覚めだろうか。
あるいは、まだ夢のなかにあるのか。
*
「谷川俊太郎の『こころ』を読む」はアマゾンでは入手しにくい状態が続いています。
購読ご希望の方は、谷内修三(panchan@mars.dti.ne.jp)へお申し込みください。1800円(税抜、送料無料)で販売します。
ご要望があれば、署名(宛名含む)もします。
「リッツオス詩選集」も4200円(税抜、送料無料)で販売します。
2冊セットの場合は6000円(税抜、送料無料)になります。
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泥は、とっくに乾いていた。
前脚の上に顎をのせて息を吐いている。
無害であることを恥じるようによわよわしく匂った。
遠いところからわけのわからないものをひきずってきたのだが、
ここで犬になってしまった。
棒で打たれて膝が折れ、震えているのを見たとき、
からだのなかで騒いでいたものがしいんとなった。
*
鎖は犬と杭の距離のあいだで、ぬるい重さを形にするかのように、たわんでいる。
互いの空洞に互いの腕をからめるという比喩がぶら下がって、
だらしないということばになろうかどうしようかと考えている。
(主語は、犬ではなく、鎖である。)
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二つ目の文章で「主語」を犬から鎖にかえている理由について。
この文章を書いたとき、その男は(つまり私のことだが)、どこへ隠れようとしたのか。最初は、多くの人間のように犬に隠れようとした。犬を比喩として生きようとしたのだろう。しかし、それはあまりにも比喩の定型になりすぎると私は(つまり、その男のことだが)考え、鎖に隠れることはできないか考えてみたのだ。
(これは本心からではなく、その方が詩になると思ったからである。)
犬をつないだり、ひっぱったりする鎖は、実は犬につながれている。犬がつながれているのではなく、鎖の方がどこへも行けない、というのは、視点を入れ替えてみただけのことであって、比喩にもなっていない。
犬が動かないと、たわんだまま春の光を集めることしかできない。
錆びていないのは、みっともない話だが、それが鉄ではないからだ。
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縄は死んだ獣の尾となって、椅子から落ちている。
椅子は木のものから金属のものにかえられたあと、さらにガラス製にかえられた、
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(灰色/四センチ×七センチ×九センチ)
(白/二・一メートル)
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肉が落ちてゆき、
骨が太くなる。
もしその下で
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目覚めだろうか。
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ヤニス・リッツォス | |
作品社 |
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