少し前に「よくぞ言ってくれた『言ってはいけない格差の真実』」というエントリーを書いたところ、色々なところからアクセスがあった。このエントリーは文芸春秋に橘玲さんが書いた「言ってはいけない格差の真実」という記事を紹介しながら、私の意見を加えたものだったが、「格差の原因となる知識とは何か」という点についてあまり言及しなかったので、ちょっと触れていきたいと思う(間接的にはソフトスキルが重要だとは書いたが)。
以下は私がビジネスパーソンとして、「採用される立場」「評価される立場」「評価する立場」「採用する立場」を経験し、転職した同僚・先輩後輩の成功事例・失敗事例などを見たことをベースにしている。したがって統計的な根拠がある話ではない。一人のビジネスパーソンの感想である。
【経済格差の元になるのはソフトスキル】
経済格差の元になるのは、ソフトスキルである。ソフトスキルとは「論理的思考力」「折衝力」「チャレンジ精神」「リーダーシップ力」などの総称である。大雑把にいって人間力と考えてよい。ただしその定義や範囲は人によって異なるがっこでは深入りしない。「狭い意味の知識」「技能」をテクニカルスキルというので、人間の持っている知的能力の中でテクニカルスキルを除いたものと考えても良いと私は考えている。そしてそのソフトスキルの差が経済格差の一つの原因になっていると私は考えてきた。
テクニカルスキルが学習で身につくことは容易に理解できると思うが、ソフトスキルが学習で身に着けることができるかどうかは議論のあるところだ。ある種のソフトスキルは学習することで向上することは間違いないが、ある種のソフトスキルは先天的なものではないか?と私は考えている。
今年8月初めに文部省の諮問機関である中教審は今後「アクティブラーニング」を重視するという新しい指導方針を提言した。アクティブラーニングとはソフトスキルを高めるということなので、教育の専門家はある種のソフトスキルが学習の成果であると考えていることは間違いないし、私の同感である。
【求められるソフトスキルは環境によって異なる】
求められるソフトスキルは時代や環境・職業・地位によって異なる。私が会社に入った頃(昭和50年)は、高度成長の余韻が残ている頃で、業務の量的拡大が業績拡大の推進力と考えられていた。だから「独創性」「発想力」といった能力より「数値目標への執着」「集団帰属性」といった特性が着目された。
しかし時代は国際化に移り、低成長やがてバブルそしてバブルの崩壊、失われた時代へと進んでいく。同じことの繰り返しでは利益を上げることができなくなってくると「独創性」「新規分野へのチャレンジ精神」といった特性が「協調性」などよりも重視される時代となった。
このように見てくると重視される特性、ソフトスキルというものは時代環境で変わっていくということができる。その中で変わらないものがあるとすれば「環境適応力」であろう。環境の変化に対して持っているソフトスキルの引き出しの中から必要なものを取り出して対応できる能力があると経済的に成功する可能性は高い。
私自身は自分が「環境適応力」が高いかどうかはわからないので、私の後輩のKさんの話をしてみよう。彼は私のいた会社に海外経験を買われて中途入社してきた。そして私のいた会社が海外業務を大幅縮小した後、ある電機メーカーに転職し、最終的には役員になった。私は彼のような人間は環境適応力が高いと考えている。海外経験や英語力を持っている人は他にも沢山いたが、彼のように上手くいった例は私の周りでは少ない。
人間の本能には「現状維持をしたい」という本能と「新しいことをしたい」という本能が併存している。新しいことをするにはリスクが伴うので「リスク選好度」と考えても良いだろう。ある程度のリスクを覚悟で新しい環境に身を置き適応していく能力=環境適応力は勇気を必要とする。人の人生は「現状維持」と「勇気」のバランスで決まると考えても良いが、私は居心地の良い「現状維持」と「勇気」のバランスは人によって異なると考えている。「現状維持」指向が強い人間が過度の「環境リスク変化」を取るとストレスから心身のバランスを崩すことになる。私は「現状維持」と「新しいことへのチャレンジ」のバランスはかなり固有のものだと考えている(長期的には文化・経済環境の変化で変わっていくとも思うが)
【ソフトスキルの中には資質と才能が混じっている?】
ソフトスキルと一括りに話をしてきたが、恐らく「資質」と「才能」の二つに分解することができると私は考えている。
資質とは例えば「やり始めたことをやり抜く持続力」のようなもので、才能は文才だとか計算能力のようなものだと私は考えている。
環境適応力も一種の資質である。人間の資質には違いがある。違いがあるから色々な環境変化に対応でき、人類全体として発展を続けることができるようになっているのだと思う。
そしてこの資質の部分は先天性がかなり高い。そしてその資質の部分が実は経済格差の一つの要因になっているのではないだろうか?
むしろ知能テストで測定されるIQの数値よりも資質の方が大事ではないか?と私は考えている。