少し前のウオール・ストリート紙にThe Secrets of Successful Agingという記事が出ていた。ポイントは「ストレスが長寿の大敵なので如何にストレスを減らすか?」ということだが、興味深いので少しポイントを紹介しよう。
- 長い間我々は健康状態を維持するには、正しい食事を採り、健康的な体重と運動を維持し、そして良い遺伝子を持っていることを希望することだと告げられてきた。しかし恐らく最も重要なことはストレスに対処する能力だろう。
- 科学者達は人体の潜在的な最長寿命は多少の違いはあっても約120年と見積もっている。それは「種」が異なっても一定の計算式があり、生まれてから成体に達する年齢の約6倍が最長寿命になるというものだ。従って人間の場合成人に達する20歳を6倍すると120歳が最長寿命になる。実際ちゃんと記録に残っている最高齢は122歳である。
- 遺伝子は長寿に影響を与えるが、スウェーデンの研究によれば遺伝子の寄与率は3割である。従って残りの部分は我々自身で老化に対処する必要がある。
- これについて多くの答が期待されていた。もしタバコを吸わなければ、酒を多飲しなければ、健康な体重と運動を維持すればより良く年を取ることができるという様に。
- しかし研究者達は「生涯に我々がどれ程ストレスに直面するか」「ストレスにどのように対処するか」が「如何に上手く年を取るか」という点で最も重要な要素の一つであると見なし始めている。
- ストレスを管理することが何故重要かということを理解するにはストレスを受ける時身体にどの様なことが起きるかを理解しなければならない。体はグルコースを筋肉に運ぶことでエネルギーを動員する。酸素の供給量を増やすため心拍数、血圧、呼吸数が増加する。一方緊急時に必要のない機能例えば消化機能、性機能そして最終的には免疫機能さえ抑制される。一方痛みを緩和し、感覚を鋭くするストレス・ホルモンが分泌される。
- ストレスに対する反応は、危機を回避するに必要な期間だけ続くのが理想的である。しかし絶え間のないストレスはストレス反応を「オン」の状態に置き続ける。そうすると高い血糖値、高血圧等ストレス対応状態が続き一方免疫力が低下する。
- 多くの人々はストレスを無定形の心理的な概念と考えるが、ストレスの累積的な生理学的影響は実際に測定することが可能である。血圧、コレステロール値、心拍数、ストレス・ホルモンレベル等の複合式は「アロスタテック・ロード(負荷)」と呼ばれる。学術的には高いアロスタティク負荷は死期や心臓病にかかるリスク等を高い確度で予測するものである。
- 残念ながら平均的な人間にはそのアロスタティック負荷を読む方法がない。ロックフェラー大学の科学者達がアロスタティク負荷の概念を発展させてきたが、医療の現場で使える様にする企業スポンサーがまだ現れていないのである。
- しかしストレス負荷を測るハイテク的方法がなくても、大部分の人は生活の中でストレスを認識している。我々は貧しくで教育水準の低い人の方が豊かで教育水準の高い人より高いアロスタティク負荷を持つ傾向があることを知っている。また強い社会的、家族的リレーションシップを持っている人は孤独な人よりアロスタティク負荷は低い傾向がある。
- 英国のサッチャー政権の民営化政策の勤労者に与えるストレス負荷の研究によれば、民営化対象の事業の低い職層の勤労者程高い血圧をしめした。彼等は権限がなく、民営化で職を失う不安を抱えていたのである。
- あるアロスタティク負荷のエキスパートは支配力の欠如がストレスを増大させるという。
- カーネギー・メロン大学が300人のボランティアに風邪のビールスを注射するテストを行なった。その結果慢性的ストレスが殆どない人々は、免疫システムがビールスを退治し病気にはならなかった。一方失業とか家族の危機といった慢性的ストレスを1ヶ月以上抱える人々は病気になった。
- 上手に年を取る人は独り者ではない。上手に年を取る人は家族と友人および社会とのネットワークを持っている傾向がある。
- 結婚は特に男性の場合、老化の危機を防ぐ。一方女性については結婚以外の他のリレーションシップを持っている限り、結婚の有無が老化の危機にはつながらない。
- 楽観主義、適応性、新しいことを試そうとする意思といったパーソナリティの特性も上手に年を取ることに関連性があると思われる。ノートルダム修道院の修道女について30年間のデータを集めた研究がある。修道院では同じ食事や医療サービスを受けるが何が寿命の違いに影響を与えるかといえば、若い時の「積極的な態度」や「ユーモアのセンス」や「適応力」である。それらのことが修道女の自伝の分析で分かったのである。
- この修道女の研究や他の研究は、ストレスを管理することは特に精神面の落ち込みを防ぐ点で重要であるということを我々に教えてくれる。ストレスを受けた時、脳に起きることを考えてみよう。ストレスを起こす出来事が起きて最初の約30分、体は脳にグルコースの供給を増加させる。このことの短期的効果は感覚を鋭利にし、記憶力を高めることである。しかしストレスがもっと長く続くと体はもっとグルコースが必要だろうと判断する。その影響は記憶と学習をつかさどる脳の中の海馬に現れる。ストレスホルモンは海馬内のニューロン(神経単位)の発達を抑制するのみならず、ニューロンを殺すのである。この結果海馬が萎縮する。海馬の萎縮はアルツハイマー症の兆候である。
- もっともこのことは高いストレスを受けた人間がすべてアルツハイマー症にかかるとかすべてのアルツハイマー症の原因がストレスであるということを意味しない。しかしストレスは明らかに我々の身体に大きな損害を及ぼす。
- ではどう対処すれば良いか?最初のステップは良い食事をするとか体重や運動を管理するといった基礎を整えることである。しかしそれだけで十分ではない。人生のどこかの局面ですべての人は職、結婚、健康における不確実性といった持続的なストレスを受ける。上手に年を取った人も同じようなストレスに面してきた。ただ彼等はストレスに上手く対処する技術を持っていただけである。
- 「支配」の有無ということがストレス研究者の共通のテーマである。上手く年を取る人は典型的に日常生活を自分でコントロールしていると感じている。しかし彼等は自分がコントロールできない問題について苛立つことはない。
- ストレスは又予測できる時には与える損害が少ない。
- 運動は健康問題に関する良い解決方法であるが、ストレスに対処する時特に有効である。というのはストレス反応として筋肉のエネルギーを増加させるが、運動で筋肉を使うことによりストレスのはけ口を与えるからである。
- 良く眠ることもストレス減少に重要。
以上端折った積りながら結構長い訳になってしまった。アメリカの経済紙がこれ程詳しくストレスのことを論じるのは如何にアメリカのビジネスパーソンがストレスを感じているかということの証左であろう。
ところで日本の社会も予定調和型から本格的市場経済型へ移行してきた事でストレス要因が増えてきた。
この記事の一つのポイントは人生における「支配」ということの大切さである。それは禅の言葉で言えば「随所に主たれ」ということである。