今夜私たちの山の会の忘年会がある。この山の会は、ある職域の山の会をベースに幾つかの組織に属する山仲間が集まり、時々山に行ったりスキーを楽しんだり、お酒を飲んだりする集まりである。会則もなければ会費もないし会報もない。従って「会」というよりは、アウトドア同好者の集い程度のものである。
お互いのメンバーは「弱い紐帯」でつながっている。紐帯の強さは「ともに過ごす時間の量」「情緒的な強度」「秘密を分かち合うような親密度」「助け合いの程度」で決まるそうだ。
山登りといっても、私が学生時代に所属していた山岳部などは「年に数十日一緒に山に入り」「登頂の喜びや吹雪の不安を共有し」「ザイルでお互いの命を支えあっていた」からまさに「強い紐帯」のつながりだったといえる。
日本の会社というのも「かなり強い紐帯」のつながりである。
だが長い人生の中で人が多くのものを得るのは、必ずしも「強い紐帯」からではなさそうだ。
1970年中ごろに「弱い紐帯の強み」理論を発表したスタンフォード大学のマーク・グラノヴェッター博士によると、就職先の情報を得る時84%の人は「弱いつながりのネットワーク」から得た情報で就職し、強いつながりのネットワーク情報で就職した人は16%に過ぎなかったそうだ。
また「弱い紐帯」からの情報で就職した人の方が「強い紐帯」の人より満足度が高かったそうだ。
私たちの山仲間の会は弱い紐帯でつながっている。同じような年齢・職種の人が多いから就職(もはや再就職?)などの有効な情報を多く得られるとは思わない。だが紐帯が弱く組織の縛りが弱い(というかほとんどない)から集まりが長続きしているともいえる。
組織に属することからくる気苦労がないからだ。
会社人間が会社を辞めて第二の人生を歩くということは、強い紐帯でつながった社会から弱い紐帯でつながった社会へ移り住んでいくということである。山仲間の会はそのための良いゲレンデだったのだ。
「弱い紐帯の強み」ということに思い至れば会社を離れて新しい仲間とつながることはプラスでありこそすれ、悲観するものではないはずだ。