巷(ちまた)に外国語があふれています。また外国語の頭文字を繋いだ略語も良く使われます。使っている人も元の言葉の意味を忘れて使っている場合もあるようです。これはホントの話ですが家内が友人たちと「JAって何の略?」という話になった時ある人の答は「JAPANのJAよ」というものでした。本当はJAはJapan Agriculture Cooperative 農協の略ですが。
そもそも何故農協をJA (Japan Agriculture)と呼び、旧住宅公団をUA(Urban Renaissance )と呼ぶ必要があるのか理由が分かりませんね。強いて言うと日本語には古いイメージがあり、英語には何かさっぱりした新しいイメージがある、ということなのでしょうか?
高齢者についてもシニアという呼び方があります。これも英語の方が洒落たイメージがあるからシニアという言葉が選好さされる場合があるようです。だがもう少し深く考えるとシニアにはある種の「尊敬の念」がこもっていると私は考えています。
SeniorのSenは「老齢の」という接頭語でSenatorという言葉にも使われています。Senatorは上院議員でその語源はローマの元老院Senateにあります。元老というのは、経験豊富な政治家に対する尊敬の言葉ですね。
Seniorには「老齢の」という意味以外に「上級の」という意味があります。Senior managerというと上級管理者。概ね部長クラス以上を指す言葉と考えて良いでしょう。
つまりシニアという言葉には、年の功を経て熟達した人というイメージがあるのです。
本来漢字の「老」にも「老成」など年の功を経て成熟したイメージがあったはずなのですが、「老人」などという場合はあまり尊敬の念は伴っていないような気がします。
私は何でもかんでも英語を使う風習には反対なのですが、ことシニアに関しては上記に理由から積極的に使おうと考えています。