ビル・グロスが引退を表明した。過去に債券王の名前を欲しいままにしたグロスは74歳。過去の栄光に較べるとパッとしない引退である。
1971年に世界最大級の債券運用会社PIMCOを共同設立したグロスは同社の基幹ファンドを率いた。
基幹ファンドの残高はピークの2013年には2,930億ドルに達した。しかしその時彼のファンドは変調をきたしていた。2011年にファンドで持っていた米国債を売り、デリバティブを使って債券価格が下落することに賭けた彼の投資が裏目に出たのだ。
グロスはPIMCOの経営陣と衝突して、2014年に同社を去り、はるかに小さなJanus Henderson Groupで債券ファンドマネージャーを務めた。
だがファンドの過去3年間のパフォーマンスは、0.95%と振るわなかった。同類のファンドの9割は彼のファンドより良い成績を上げていた。
PIMCOを退職した後、グロスとPIMCOの訴訟は2017年に和解に至るまで続いた。またグロスの離婚問題もマスコミの耳目を集めた。
私が資産運用に携わっていた頃、グロスについて書かれた本を読んだことがあった。細かいことは忘れたが、彼は早朝から瞑想にふけるという求道者のような生活を送りながら、相場の方向感に確固たる信念をもって、賭け続け、そしてある時まで勝ち続けた。
だが一度相場観が外れてからは、彼が再び市場平均を上回るパフォーマンスを上げることはなかったようだ。
このことは「グロスが債券投資の世界で高いパフォーマンスを上げることができたのは、スキルによるものなのか?あるいは偶々の幸運の結果なのか?」という疑問を我々に投げかける。
その答えは各自が導き出さねばならないが、一つ言えることは、市場平均と連動するパッシブファンドにアクティブファンドから資金が流れていることは、ファンドマネージャーは市場平均に中々勝てないと考える投資家が増えていることを示している。
投資の世界で一時的に市場平均に勝つことはできても、勝ち続けることは難しいのだ。
グロスが幸せであったのかどうかは分からない。ただ我々平凡に生きているものからすれば、ビジネスとプライベート双方で訴訟等争いの多い人生は疲れるので避けたいと思う。
PIMCOのファンドマネージャーとして彼が大きな富を手に入れたことは間違いないが、幸せであるのかどうかは分からないし、詮索するべきことでもないだろう。
ただ投資の世界でも人生でも勝ち続けることは難しいと改めて思った次第である。