「企業福祉の終焉」~格差の時代にどう対応するべきか 橘木 俊詔著 中公新書 720円
端的に言ってこれは良い本である。私が新書版クラスの経済関係の本で良い本と考えるのは以下のような本である。
- 著者の本を書いた目的ないし結論が明確であり、結論に具体的実現可能性がある。
- 結論に至るデータの収集と分析が客観的・科学的でありかつその説明が過度に難解でない。
- 本全体を通じて、無駄な繰り返しが少なく充実している。
「企業福祉の終焉」はほぼこの条件を満たしていると言えよう。
著者の結論はこうだ。
企業福祉には「法定福利厚生」(公的年金、医療保険、雇用保険)費の支払と法定外福利(退職金、社宅、保養所等)費があるが、法定外福利に期待されていたベネフィット(例えば従業員の定着等)は減少している。
よって法定外福利費(著者の用語は「非法定福利費」)は廃止し、賃金等に振り替えて良い。
法定福利費については保険料方式ではなく税方式(具体例としては「累進消費税」~高額商品には高税率、一般商品については低税率を課す~)を採用するべきだ。
この結論については概ね賛成である。概ねというのは以下の点に若干の問題を感じるからである。
- 退職金(含む企業年金)以外の法定外福利については、大部分の企業において減少傾向であり今後も削減・廃止が続くだろう。この本はかかる企業側の「理論的支柱」になりうる。ただし現在のような経済・雇用環境下、現在の法定外福利費が全額給与に振り替わることは期待できず、従業員側から見ると「実質的な減収」につながることが多いと考えられる。
- 退職金(含む企業年金)は、明確に「賃金の後払い」であるので、これをその都度清算するとすれば「賃金に上乗せ」するか「確定拠出年金」化しなければならない。「賃金に上乗せ」する場合は、税金の問題と従業員個人の資産運用能力~前払退職金の一部老後資金として積み立てることを前提~と運用効率の問題がある。
- 「確定拠出年金」の場合税の問題はクリアされるが、個人の運用能力と運用効率の問題は残る。一般的にいって企業年金~確定給付企業年金~制度で、多額の資産を運用の専門家が集合的に運用する方が、効率的でリスクが少ないといえる。
- なお確定拠出企業年金の本場米国でも、一時は年金市場を席巻するかと思われた確定拠出年金だが、落ち着くところに落ち着き現在は確定拠出・確定給付が拮抗している状況であろう。(つまりモビリティの高い業界・職種では確定拠出が選好され、長期勤続が望まれる業種・職種では確定給付が選好される)
といったところが一読したところの問題点ではあるが、全体としては著者の意見に大いに触発されるところがある。