2005年12月24日八ヶ岳連峰・阿弥陀岳の北稜を山岳部の後輩N君と会社の後輩M君の3人で登った。阿弥陀の北稜は八ヶ岳の中では簡単なバリエーション・ルートであるがこの日は昨日までに積もった新雪のラッセルと強風で中々手強い一日となった。僕等を悩ました雪も午後には止み雪化粧の八ヶ岳連峰が僕等を歓迎してくれた。雪化粧の写真を何枚か紹介しよう。(下の写真は阿弥陀岳を中岳側に下ったところ。登った北稜は右のスカイラインである)
24日朝6時20分にヘッドランプを点けて赤岳鉱泉小屋を出発。今朝行者小屋へ向かう道を歩くのは僕らが最初だ。夜来の雪が踏み跡に積もり時々軽いラッセルとなる。小屋のおじさんが「北稜には今年はほとんど入山者がいないね。胸までのラッセルになるかもしれないよ。様子をみてコースを再考しなさい」と昨日言っていたことを思い出す。1時間程で阿弥陀への夏道と文三郎道の分岐点に到着。北稜への取り付きは少し阿弥陀への夏道沿いに中山沢を登るということだが、この深い雪では沢筋のラッセルは大変である。そこで分岐点から北稜末端に直ぐ取り付く。しかしここもすごいラッセルだ。N君、M君と3人交替でトップを務めるがたちまち息があがる。「これじゃー取り付くまでにバテて時間切れになるかなぁ」と弱気になっていたころ、下からガイドに率いられた10数名のパーティが到着。ラッセルを交替して貰って一息つく。
北稜の第一岩峰はブッシュを掴んで登っている内に越えてしまった。ザイルは使わなかった。第二岩峰は左手の凹角からN君トップで取り付く。取り付きが少し手強い。我々は10数名のパーティに先行しているので早く登り順番を回してあげたいがザイルは中々伸びない。下で確保しているのも寒くて辛い。漸く合図のホイッスルが寒風吹きすさぶ北稜に響く。第二岩峰はザイルを40m2本伸ばして終了。阿弥陀頂上は一息なのだが、最後のラッセルに苦労して午後1時頂上着。頂上には南稜を登ってきた夫婦(と思われる)中年の男女のカップルと会い写真を撮ってもらう。
とにかく寒い。阿弥陀からの降りは標識を見ながら僅かに残るトレースを追いながら下る。今日は誰もこの一般道を上り下りしていないのでラッセルのしがいがある。阿弥陀からの下山路として阿弥陀と中岳の中間の沢・中岳沢を下ることもできるが今日はラッセルが凄そうなので文三郎道を辿ることにする。
阿弥陀岳を下降しだして暫くすると晴れてきた。下の写真は中岳への稜線を辿るところ。
しかし風はもの凄く強く足元から吹き上げる雪煙には目を開けることができない。
そうこれが本気の冬山なのだ。寒気と烈風が支配する冬山の世界なのだ。それにしてもこれだけハードな冬山をやるのは20年振り位だ。50代も半ばになり何故こんな辛いことをしているのだろうか?という疑問がふっとよぎる。
とその時目の前に八ヶ岳連峰の主峰赤岳の威容が姿を現す。強風は八ヶ岳を覆う雲を吹き飛ばし雪のよろいをまとった赤岳・横岳が全貌を現した。この景色こそ冬山の醍醐味だ。山は我々のアルバイト(苦しい登攀)に最後に美しい景色で報いてくれた。
3週間前に縦走した横岳の雪景色も素晴らしい。大同心・小同心がくっきりと見える。
午後3時半朝の取り付き点つまり文三郎道と中岳沢の分岐点に戻る。その後南沢を降り午後5時半に車を止めている美濃戸に帰着。M君が用事があり直ぐ帰りたいというので車を飛ばして8時20分田無に到着した。小淵沢から2時間程度の走行である。今日は高速道路も一般道路も大変空いていた。クリスマス・イブなので世間の人は家やレストランで美味しいものを食べながらお酒を飲んでいるので車が少ないのかもしれない。
こうして僕達の2005年の本気の冬山は何とか無事終了した。それにしても冬山の12時間行動はかなり疲れたなぁ。