金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

ひと夏の疲れを癒す山ホテル

2012年08月18日 | 旅行記

ひと夏の疲れを癒す山ホテル      北の旅人

今週は時どき激しい雨が降る不安定な天候が続いたが、来週は本格的な残暑のシーズンになるという予報だ。暑い日は疲れる。エアコンを入れていても、体の芯に疲れがたまる感じだ。凡そ多くの病気の原因は、体の冷え過ぎにあるというから、冷房が体に良いとは思えない。私は厚い最中だが、あえて時々スポーツクラブで岩盤浴を行い体を暖めている。体を暖めた日は睡眠状態が良いようだ。多分に感覚的な話だが。

さて夫婦で夏の疲れを癒そうと思い、明日山のホテルに泊まりに行くことにした。行き先は奥日光戦場ヶ原の日光アストリアホテルだ。といっても一泊旅行なのだが。

短期滞在の避暑地としてどこを選ぶか?というのは、興味ある作業だ。時計回りに考えると箱根、清里、軽井沢、日光などが思い浮かぶ。中でも軽井沢と日光は、私を悩ます競合先だ。自宅からの距離は軽井沢が145km、車で2時間半。奥日光はもう少し遠く185km、車で3時間半の距離だ。距離では軽井沢に軍配が上がる。次に標高を較べると軽井沢が950mで奥日光アストリアホテルが1,450mと約500m高い。100mで気温は0.6度下がるというから、奥日光の方が3度低い計算になり、軍配は奥日光へ。次に温泉を考えるとこれは断然奥日光だ。湯ノ湖という源泉が流れ込み冬も凍らない湖がある位だ。ショッピングやレストランの幅の広さでは軽井沢、でも社寺仏閣では日光・・・・

という具合に、軽井沢・日光は中々拮抗していると私は思う。だが手頃な宿泊料で落ち着くサービスを提供するという点では、私はアストリアホテルは良いホテルだと思っている。このエントリーは記事広告ではないけれど、好きなホテルだから自主的に宣伝した次第だ。

私は四季を通じてこのホテルに泊まり、奥日光の山野を歩くのが好きだ。初冬の男体山・日光白根山登山も良いし、冬の刈込湖・切込湖スノーハイキングも素晴らしい。クロスカントリースキーで光徳牧場や戦場ヶ原を走り回るのも清々しい想い出だ。

短い間だけれど、光徳牧場界隈でゆっくりした時間を過ごし、ひと夏の疲れを癒し、残暑に備えよう。

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変わらない世の中

2012年08月18日 | うんちく・小ネタ

先日から藤沢周平のエッセー集「周平独言」を読み返している。背景は少し前ブログにエントリーしたミニマリズムの話の中に、「書斎のことなど」を引用するため、エッセー集を引っ張りだしたことにある。私は藤沢周平、池波正太郎、沢木耕太郎など好きな作家の本はまとめておくことにしているが、時どきそのルールが乱れて探し物に時間がかかることがある。今回もそうだった。所有物を極力減らしてシンプルな生き方をしようという話を書いているのに、手持ちの本を探してウロウロしているという矛盾に満ちた話である。

さてそのエッセー集の中に「時代小説の可能性」という短いエッセーがある。

いまどきというのは、いうまでもなく従来の価値観が、収集しがたいまでに分裂してしまって、何を信じていいのいかわからないといった今日的状況のことである。イデオロギーが力を失うにつれて政治的権威というものの影が薄くなり、かってはそれぞれ独立した王国のように繁栄と権威を誇った企業も、終身雇用という背骨を失って、不安定な職場に変わった。

「周平独言」が発刊されたのは昭和56年8月のこと。今から31年前である。当時第二次オイルショックの痛手が残り、企業は新規採用を手控えていたが、数年後にはバブルを迎える。繁栄と権威を誇った企業が、本当に不安定な職場に変わったのは、私はバブル崩壊後、つまり「時代小説の可能性」が書かれた15年後位ではないか?と思っている。もっともこれは私が金融機関という「問題を先送りする体質の業界」に身を置いていたからそう感じるのかもしれない。あるいは時代小説家として、透徹した眼を持つ藤沢周平の洞察力は、15年先まで射程距離に入れていたのかもしれない。

それとも昭和40年代中頃の高度経済成長が終わった後は、ずっと「従来の価値観が分裂して、何を信じていいのかわからない」状況が続いているのだろうか?

いずれにしろ30年前に書かれたエッセーがそのまま今日の状況に当てはまりそうで興味深かった。

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