「ウォール街のランダム・ウォーカー」の著者バートン・マルキール氏が、FTに「エマージング株式はより高いリターンと少ないリスクを提供する」Emerging stocks offer better returns and less riskというエッセーを寄稿していた。
個人的にいうと、欧州のソブリン問題の出口が見えない中、株式投資の意欲は湧かないが、そこは機関投資家向けのメッセージということで理解した。つまり年金基金等の機関投資家の場合、運用環境の良し悪しにかかわらず流入してくる資金を運用する必要があるからだ。
著者は「異なる国の間の相関関係は高まっているが、株式投資のパフォーマンスには大きな差がある。これから先、異なる国での株式投資パフォーマンスに大きな影響を与える要因は3つある」「それはその国の政府と民間の債務レベル、人口動態の動向、資源である」と述べる。
債務について、IMFはG20メンバー国の政府債務(対GDP比率)は、2010年の100%から2015年には125%に拡大すると予想している。これは氷山の一角に過ぎず、地方政府の債務や積立不足のソシアル・セキュリティ(国民年金の一種)を加えると先進国の債務負担は膨大なものである。
これに較べて新興国の公的債務はGDPの3分の1以下で2015年までには4分の1に低下すると予想される。また公的債務の積立不足は先進国に較べると極めて小さく、家計のバランスシートも健全である。
人口動態も新興国に有利である。人口統計学者が使う依存率、つまり退職者と現役の比率でみると、日本では2025年までに比率は1対1になる。イタリア、フランス、ドイツでも1対1に近づく。このように退職者の現役依存度が高まることと国の債務の増加や成長鈍化の間には相互作用がある。
資源の問題については豊富な天然資源の供給と価格下落の時代は終わった。中期的に見るとコモディティ価格が上昇する可能性は極めて高い。このことは石油や金属だけでなく、農耕地や豊富な水資源を持つ国も優れた長期投資のチャンスを持つことを意味する。
最後にマルキール氏は「新興国投資には政治的リスクが伴うが、米国・欧州・日本には異なったリスク~そしてそれは新興国のリスクより高い可能性がある~がある」「私は大部分のポートフォリオが世界の中でもっともダイナミックな成長をとげる市場を著しくアンダーウェイトしていると思う」と結んでいる。
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パッシブ運用の優位性を説いたことで有名なマルキール氏が何故この時期に新興国投資のメリットを強調したのか背景は分からない。ただ「資産配分の違いがポートフォリオのパフォーマンスの違いの主な要因となる」という氏の考えからすると、現在の相場は新興国株式の比率を高めるチャンスと考えられるのかもしれない。
この夏明らかになってきたことは、欧米経済の一層の減速とそれを織り込んだ長期金利の低下である。米国に続いてドイツの長期国債も2%水準となってきた。長期金利は株式投資を含む資産運用利回りの目安となるもので、平均的は資産運用利回りは国債金利+アルファとなる。つまり低成長と低金利下、先進国で資金運用で高いリターンを期待することは極論すると不可能になったというべきだろう。
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では先進国から新興国に投資して高いリターンを持続的に上げることができるか?というとこれまた疑問を感じざるを得ない。新興国市場に有利な資産運用機会があると、多くの投資家が認識した時には大量の資金が流入し、バブルが発生するからである。また為替リスクの問題もある。「本国での期待利回りの低下を新興国投資でカバーする」というのは、少しリスキーである。自国の成長率と金利の低下に合わせて、期待利回りを下げるというのが賢明な姿勢なのだろう。
慶応大学の池尾教授は「質素で退屈で憂鬱な低成長の時代を甘受せざるを得ずそれは相当期間続く」と述べている。まったくぱっとしない話だが現実はそのようなものかもしれない。