惑星ダルの日常(goo版)

(森下一仁の近況です。タイトルをはじめ、ほとんどの写真は交差法で立体視できます)

『古代文明と気候大変動』

2005-07-27 20:58:15 | 本と雑誌
 最近読んだ本で特におもしろかったのは、ブライアン・フェイガン『古代文明と気候大変動』(東郷えりか訳、河出書房新社)。

 人類文明の成立は食糧確保の形態に起因するものであり、食糧生産は気候変動に支配されている――というのが、この本の基本的な立場。農業の成立が文明の成立とほぼ等しいことを考えれば、この立場はしごく当然ですし、目新しいところはないように見えます。しかし、最近の古気象学が明らかにしてきた成果と文明の変遷をフェイガンが絡め合わすと、目からウロコの新鮮かつ説得力に富む人類の歴史が展開されるのです。
 最後の氷期が終わって以来、急速に人類文明が発達してきた理由をこんなにもわかりやすく説き明かした本をほかに知りません。

 人類文明の初期について、私の理解したところを簡単に書いてみます。肥沃な三日月地帯と呼ばれる西アジア周辺での物語。

 氷期が終わって温暖で湿潤な気候に恵まれると、人類はそれまでの狩りの獲物に頼る生活から、大量に採れる森の木の実など、貯蔵の効く植物にも依存する生活へと生き方を変えた。それは定住集落をつくることにつながった。
 ところが、そこへ「ヤンガードライアス期」と呼ばれる氷期の戻りのような現象が起こり、冷涼で乾燥した気候になった。この旱魃は約1000年続いたが、その間に人はやむなく草原地帯に生える麦を食糧にすることを覚えた。それは栽培へとつながり、品種の改良がつづけられた。

 こうして農業が始まるのですが、ここで嬉しいことにW・ライアン&W・ピットマン『ノアの洪水』(集英社)の成果が取り入れられていて、農作技術を手にした人々が今の黒海沿岸からヨーロッパ各地へと散ってゆく様子が描かれています。ゲルマンの森に住む人々やケルト人たちの素性がはっきりとしてきたのです。
 こうした説は、まだ仮設の段階ではありますが、いろいろなことを考え合わせると極めて妥当なように見えます。将来、この本は文明の誕生を描く古典となるんじゃないでしょうか。文章も素晴らしい。

 ところで「ヤンガードライアス期」の「ドライアス」とは氷河周辺や高山など涼しくて乾燥した地域に繁殖する植物の名前。日本語では「チョウノスケソウ」ですが、これは須川長之助という人にちなんでいます。幕末から明治にかけて活躍した岩手の科学者で、幕末に来日したロシアの植物学者に師事し、立派な成果を上げた。偉い人はあちこちにいるものですねえ。

 夕食のデザートは桃。
 これは昼間、厳しい日差しの中をご近所の高千穂さんが届けてくださったもの。さっぱりした甘さの、みずみずしい絶品でした。
 高千穂さん、ごちそうさまでした。