惑星ダルの日常(goo版)

(森下一仁の近況です。タイトルをはじめ、ほとんどの写真は交差法で立体視できます)

『なつかしく謎めいて』

2006-01-14 20:27:29 | 本と雑誌
 午後から雨。夕方には雷鳴も轟いて激しく降りました。
 なので、今日は一日外に出ず、読書に集中。

 昨年11月に出たアーシュラ・K・ル・グィン(この本の表記ではル=グウィン)の新作『なつかしく謎めいて』(谷垣暁美訳、河出書房新社)は、円熟味と若々しさが見事に溶け合った素晴らしい一冊。
 ただし、ストーリー性が希薄なので物語の面白さを求めると肩透かしを喰うかもしれません。

 もともとル・グィンは(高名な文化人類学者だったお父さんの影響もあってか)異質な文明や文化を綿密に考察する傾向がありましたが、この本はそれを極端に追求したものといっていいかもしれません。「他の次元」への訪問記という形式で、16の異なる文化の入念なスケッチが試みられる。ある意味ではSFの設定だけを行ない、その設定のもとでの物語を省略したものといえるかもしれません。とはいうものの、ちりばめられた無数の小さなエピソードには驚くほど豊穣で、驚異と感動に満ちた物語が詰め込まれている。噛みしめれば噛みしめるほどに味が出てくる、ル・グィン風の「コンデスト・ノヴェル」、あるいはボルヘス的短編の集まりといってみたい気がします。

 ふたつ目の訪問記「玉蜀黍の髪の女」に登場する小さな熊が愉快。遺伝子改変によって子どものペット用につくられたもので、まあ、生きたぬいぐるみといっていいようなやつです。これがホテルの部屋に棲みついていて迷惑をかけている。
 登場人物のセリフによれば、
 「……ほんとに困りものね! 本はだめにする、封筒をなめる、おまけにベッドにもぐりこんでくる」
 というのです。
 なぜこんなことになったのか? 興味がおありの方はご一読を。

 ユーモアがあってひねくれていて、時には厳しい皮肉が籠められている。老いてこんなことが考えられるなんて、ル・グィンの想像力は絶品ですね。