金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

海に降雨や恋しき浮身宿・・・旅からの芭蕉

2016年06月28日 | 俳句

「好きだけれど詳しく知らない」というものがある。私にとって芭蕉の俳句というのはそのようなものだ。

旅先で芭蕉の句碑を見ては、芭蕉はこんなところまで来て俳句を詠んでいるのだ、と感心することも多い。しかし生来のなまけもので、芭蕉を体系的に勉強しようという意欲はない。

旅先というと先日大阪から乗った新幹線のグリーン車の中の「ひととき」に掲題の句についての記事があった。

話はそれるが私は東海道新幹線に乗る時、4,5回に1回程度グリーン車を使うことがある。贅沢だとは思うが、在来線等に較べると東海道新幹線のグリーン車は普通車に較べてシートがゆったりしていて、お値打ち感がある。「ひととき」や「ウエッジ」を読みながら、水割りを飲み、眠くなったら眠るというのは、楽しいひと時であり、飲み会一回分の値打ちはあるだろう。

さて「海に降(ふる)雨や恋しき浮身宿」の句である。この句は芭蕉が奥の細道の旅の途中、新潟で詠んだそうだが、「奥の細道」には載っておらず、芭蕉作と認めない学者も多い。真贋はさておき、甘くて艶っぽいところが良い句だと思う。

浮身とは越前越後地方の遊女で旅商人が宿に滞在するとき、同居して世話をしてくれたという。

「奥の細道」は越後越中地方に実にそっけない。酒田で知人との惜別に日を重ねた芭蕉は急ぎ足で金沢(加賀)まで旅を続ける。途中「荒海や佐渡に横たふ天の河」という超有名な句を残すが、月山・羽黒山・最上川などでの句作のペースに較べると完全にペースダウンしている。

「暑湿の労に神を悩まし、病おこりて事をしるさず」と奥の細道に芭蕉は書いている。時期は現在の暦で8月中旬。一番蒸し暑い頃だ。旅の疲労も積り、句作のモチベーションも下がっていたのだろう。そんな時「浮身」が親身に世話をしてくれたのだろう。あくまでも推測だが。

海に降る雨を見て芭蕉は親切だった浮身宿を思い出している・・・。奥の細道には「一家(ひとつや)に遊女も寝たり萩と月」の句が載っているが、こちらは少し離れた場所から遊女と一つ屋根の下で寝ている芭蕉を客観的に眺めている感じで、切なさにおいては「海に降雨」の方が上ではないか?と私は感じている。

ちなみに「海に降雨」の句には季語がないと「ひととき」は書いていた。芭蕉は無季の句を否定せず、その可能性を探っていたという。

季語を気にせずに「つぶやき」を俳句として良いのであれば、俳句はもっと楽なものかもしれない・・・などと考えている。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イギリス、43年目の熟年離婚を長い目でみると・・

2016年06月28日 | ニュース

先週イギリスの国民投票で決まったEU離脱が世界の市場を揺さぶっている。昨日日本株は大幅に反発したものの、米国株は下落した。ダウは260ポイント1.5%下落。リスクに敏感なナスダックは113.54ポイント(2.41%)下落した。

海外メディアを見るとEU離脱を離婚Devoceと表現している場合が多い。英国がEUに参加したのは1973年だから43年目の熟年離婚ということになる。人間に例えるなら、25歳で結婚した人が退職後一息ついて人生を見直した結果離婚に踏み切るようなものかもしれない。

マーケットを見ていても、楽しい話はないから、少し長い目で英国とヨーロッパの歴史を振り返ってみた。

そうすると43年の共同生活というのは、かなり長い蜜月だったと思えてくる。

イギリスや欧州というのは、少し前まで熱い戦争を繰り返していた。第一次世界大戦(1914年~1919年)の前には1980年にボーア戦争(戦場はアフリカ南部だが)があり、その10年前には普仏戦争があった。ボーア戦争での苦戦とドイツ帝国の台頭に悩む英国は「栄光ある孤立」Splendid Isolationを選択する(正確にいうと栄光ある孤立という言葉はカナダ議会で最初に使われ、それを当時のイギリスの首相が自国民を鼓舞するため取り上げ流行語になったようだ)。

イギリスが「栄光ある孤立」の旗を降ろしたのは、1902年の日英同盟締結だった。1904年には最近では第0次世界大戦ともよばれる日露戦争が勃発。そしてその10年後に第一次世界大戦が勃発する。比較的平和な時代が続いたのは第一次世界大戦が終わった1919年から第二次世界大戦がはじまる1939年までの20年間だった。第二次世界大戦が終わって70年。前半は冷戦の時期ではあったが、熱い血はあまり流れなかった。

人の人生と国々の歴史を比類するのが正しいかどうかは分らないが、長い同居生活がお互いの理解を深めるとは限らないようだ。

個人的な欲求が満たされない時、共同生活の解消に解決策を見いだそうとするのは、個人も国も同じなのかもしれない。

ただ個人と国が違うのは、個人は離婚すれば、二度と会わないということを選択できるが、国同士ではその選択はないということだ。国と国は経済・安全保障・人々の交流・文化の面で密接に繋がっている。離婚してもなお有効な関係を続けなければならないのが、国の宿命。さもないと経済活動は収縮し、その先には相手に対する憎悪間が高まり、最悪の場合は熱い戦争が起きないとも限らない(成熟した西欧においてその可能性はないだろうが)。

「栄光ある孤立」などという言葉は死語であって欲しいと思う・・・・

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする