2017年10月16日から22日かけて山仲間のSEさんとゴサインクンドをトレッキングした。
本エントリーは時間記録と写真を簡単にまとめたものである。
写真は山の中にいる時にも一部wifiを使ってブログに掲載した。一部山の名前を間違えて記載したものもあるので、ここでは帰国後再確認した正しい山名をお伝えしたい。
【トレッキング1日目 10月16日 曇】
カトマンズから四輪駆動車で登山口ドーンチェまで入る。カトマンズからガイド同行。ポーターはドーンチェの手前で車に乗ってきた。
8時10分にカトマンズを出発してドーンチェ(1,960m)についたのは14時45分。ドーンチェに近づくにつれて道は悪路になり時間がかかった。
【トレッキング2日目 10月17日 曇】
ドーンチェ(7時27分出発)からシンゴンパ標高3,330m(到着14時7分)まで標高差1,400mの登り。樹林の中の急登が多く眺望はない。
写真は翌朝振り返ったシンゴンパ村
【トレッキング3日目 10月18日 晴】
この日は高度順化のため半日程度のトレッキングとした。7時50分にシンゴンパを出発して、チャラン・パティでティーブレイク。
ランタン・リルン(7,234m)が目の前に見えた。初めてネパールに来るSEさんに「この時期のネパールは晴天が続くからヒマラヤの高峰がよく見えるよ」と言っていたが、今日まで曇天が続いていたので、雪山が見えてほっとした。
11時47分に宿泊地ラウレビナ(3,920m)到着。SEさんには初めての高さだが、お互い体調は良い。
昼食後高度順化のため少し高いところに登った。夜ロッジの外にでると満天の星空。久しぶりに天の川を見た。
【トレッキング4日目 10月19日 快晴】
5時半前に起きて三脚を据えて、マナスル三山やガネシュヒマールの写真を撮る。
写真はマナスル三山で左からヒマルチュリ(7,893m)、中央がピーク29(7,871m)、右がマナスル(8,163m)だ。
ヒマルチュリに一番朝日が当たり神々しかったので、前のブログでこの峰をマナスルと紹介したが間違いだった。
(写真はヒマルチュリ)
マナスル三山の右手にはガネシュヒマール山群が見えた。左からガネシュⅣ・Ⅲ・Ⅱ峰である。
その右手にガネシュⅤ・Ⅰが連なっている。
全体の位置関係は次のとおりだ。左がマナスル三山で右がガネシュヒマール山群である。
ゴサインクンドへの登り道はゆるやかだ。
7時53分やや遅めの朝食を取って出発。10時38分ゴサインクンド到着。入り口に近いHotel Peaceful Lakeというロッジで宿泊。靴下や下着を選択した後、ゴサインクンド湖の一周散歩に出かけた。
ここはヒンドゥ教・仏教双方の聖地だ。8月のお祭りの時は3万人の信者がここに集まるという。この湖で禊をする人も多いそうだ。
【トレッキング5日目 10月20日 快晴】
朝の気温は直観でマイナス2度程度。この日は長丁場なので、7時3分にロッジを出発。8時40分には最高点ラウナビナ峠に到着した。
峠には小さなピークがあり、Suryakund4,610mの標識があった。Suryakundは「太陽の湖」という意味。ゴサインクンド全体では煩悩の数と同じ108の湖があるという。
峠を降るとゴツゴツした岩山の風景が広がる。北アルプスの涸沢を大きくした様な風景だ。ただし周りの岩峰の標高は5千メートルを超えている。
15時14分宿泊地ゴプテに着いた。トレッキングのメインは終了した。高地では控えていたビールが美味い。
【トレッキング6日目 10月21日 快晴】
7時33分ロッジを出発。降った後長い登りがある。坂の上からゴプテを振り返ると尾根の小さな平地のロッジが見えた。
15時40分宿泊地のクツムサン(2,470m)到着。
本来は後1日半尾根を辿り下山する予定だったが、韓国人トレッカーのガイドから半日でバス停に降るルートがあると聞いたので、それを利用することにした。単調な樹林帯の上り下りには少しうんざりしていたからだ。
【トレッキング7日目 10月22日 晴】
クツムサンからすぐ左手の道を降った。
道はジープ通行可能なら通れそうな道をショートカットしている。対岸に段々畑が広がっているが見えてくる。
村に近づいていると子どもたちが大きなブランコで遊んでいるのを目にした。
12時15分 チャナウテ・バザール到着。ここが今回のトレッキングの終着点だ。目の前にはメランティ川という清流が流れている。
夜はロッジでそのメランティ川で獲ったという魚(ローカル・ツナと呼んでいた)のフライを食べた。これが中々美味だった。
【最終日 10月23日 晴】
8時15分に乗り合いバスでメランティという町の先まで行き、そこから旅行会社お迎えの車(普通車)でナガルコットに向かった。
今回のトレッキングは「カトマンズの人が聖地とあがめるゴサインクンドを越える」というものだった。それは西側の大河トリシュリ川から東側の清流メランティ川への旅でもあった。
この2つの川はカトマンズ盆地の水源になる。特に今メランティでは懸案の上水道工事が進めれていると聞いた。
古来カトマンズの人々がゴサインクンドを聖地と崇めてきた理由はここがカトマンズの水源だったからではないだろうか?
それは我々が相模の大山や遠くは出羽三山を崇めてきたように。
カトマンズ地方の人々がこの川の恵みを利用して、豊かな暮らしを目指すことを願わずにはいられない。