昨日のエントリーで「高校の日本史の教科書から武田信玄・上杉謙信・坂本龍馬などの名前が消えるかもしれない」と書いた。
その後少し前に読んだ「ハーバード日本史教室」(佐藤 智恵著 中公新書ラクレ)を読み返してみた。
アンドルー・ゴードン教授とのインタビューの中で次のような文章が目に付いた。
著者「膨大な数の日本人の名前をどうやって覚えるのでしょうか」
ゴードン教授「三ケ月間で(日本の)通史を教えなくてはならないので、個々の歴史的人物の名前を覚えてもらうことには注力していません。学生も暗記なんて無駄だといって覚えないと思います。それとりも、日本史に変化をもたらしたものは何だったか、世界とのつながりがどう変化していったかなどに注目し、大きな流れを把握してもらうようにしています。」
著者「日本史の授業で学生に特に学んでほしいことは何ですか」
ゴードン教授「世界には様々な政治、社会、文化のシステムがあるということ」「現代の世界各国の政治・経済システムは、『近代化』の時代に端を発していて、近代化の経験を共有しながらともに発展してきた」という二つのことです。
アメリカの大学生が日本史を学ぶ意味と日本の高校生が大学受験をするために学ぶ日本史の勉強方法を混同するつもりはない。
しかし歴史を学ぶ本当の意味に洋の東西による差はないはずだ。歴史の勉強は高校だけで終わるものではない。大学に進んでもあるいは社会人になっても、興味があれば学び続けると良い。
暗記項目を減らす目的で教科書に登場する人物を減らすというのは本末転倒だろう。暗記力ではなく、歴史の大きな流れをつかむ力を試すのが、本来の試験ではないだろうか?
暗記にリソースを割き過ぎる結果、考える力の乏しい若者を育ててはいけない。