今書こうとしている本の仮題を決めました。
「シニアライフをスマートに生きる技術」です。
スマートというと「おしゃれで洗練された」というイメージがありますが、「活発な」「賢明な」という意味もあります。スマートフォンのスマートは後者の意味です。
私は「スマートなシニアライフ」を、活発でかつ洒脱で周りの人に好影響を与えるような生き方とざっくりとらえて話を進める予定です。
私が考えるスマートなシニアライフの属性は次のようなものです。
- 日常生活・モノゴトの判断・経済面で自立を維持している
- 自分に納得して生きている。つまりやりたいことをやりながら生きている。
- ボランティア活動などを通じて世の中に貢献していると感じることができる。
これらのことができるならば、人生の最後になって後悔することが少ないと言えると思います。
私は人は後悔する生き物だと考えています。後悔があるから進歩があるのでしょう。
私の好きな藤沢周平の「蝉しぐれ」の最後に主人公文四郎と幼馴染のお福が二十余年の歳月を経て再開する場面があります。
殿様の側室に召し出されたお福は殿様の死後出家して尼になりますがその前に文四郎とある温泉の近くの料理屋でひと時を過ごします。
「文四郎さんの御子が私の子で、私の子が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか」といきなりお福は言いました。
「それができなかったことを、それがし、生涯の悔いとしております」と文四郎。
「うれしい。でも、きっとこういうふうに終わるのですね。この世に悔いを持たぬ人などいないでしょうから。はかない世の中・・・・」とお福。
私は藤沢周平の小説の一つのテーマが人は悔いを持ちながら、その悔いを少しでも埋めようとしながら生きていくことにあると考えていますが、「蝉しぐれ」の最後の場面はこのテーマを端的に表しています。
話が脇にそれましたが、後悔に苛まれてストレスフルな人生を送ることは避けたいものです。後悔を少なくする方法は、思い立ったときに行動するということでしょう。
文三郎に会いたいという手紙を送ったお福について藤沢周平はこう書いています。
「お福さまもやはり、助左衛門(文四郎)に会うのがこわかったはずである。事情はどうあれ、それで喪に服している元側室が忍んで男に会う事実が変わるわけはないのだ。」
でも最後にお福は「これで、思い残すことはありません」といって文四郎と別れて迎えの籠に乗りました。
リスクを取ってお福は思いを果たしたのです。
複雑化した現在社会で自分の思いを実現していくには、幾つかの技術やそれを支えるリテラシー(読解力)が必要です。新しい本ではそのことを書いてみたいと考えています。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます