金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

長州閥と靖国神社

2014年02月17日 | ニュース

安倍首相の靖国神社訪問とそれに対する米中韓政府の反応等に色々な意見がでている。それに関する管見は別途述べるとして、「靖国神社にはどういう人が祀られ、どういう人が祀られていないのか?」ということを考えてみた。

靖国神社の前身は、明治2年に出来た東京招魂社で長州出身の初代兵部大輔大村益次郎が建立を推進した。そこに祭られたのは、維新政府を作るために命を落とした志士や戊辰戦争で命を落とした官軍側将兵だった。

靖国神社のホームページを見ると「靖国神社に祀られている246万6千余柱の神霊は、『祖国を守るという公務に起因して亡くなられた方々の神霊』であるという一点において共通している」とある。

だが事実はそれほどクリアカットではない。たとえば開国を推進した大老井伊直弼を桜田門外にて暗殺した関鉄之助など水戸浪士も靖国神社に祀られている。水戸浪士が祖国を守るという意識は持っていたとしても、暗殺という行為は公務ではなく、テロリズムである。

戦前の「薩長史観」の下では、安政の大獄を断行した井伊直弼は「悪役」であった。明治の中頃井伊直弼の復権を目指す元彦根藩士たちは横浜に井伊の銅像建設を計画した。しかし長州出身の政治家たちが猛烈に邪魔をした。紆余曲折を経て井伊の銅像は明治42年に完成するが、井伊直弼の評価が大きく変わるのは「花の生涯」(舟橋聖一原作 NHKの大河ドラマ第一作)を待たねばならなかった。

功績について評価の分かれる井伊直弼だが、大老として「公務」を遂行し、かつその公務が妥当なものだったとすれば、靖国神社に祀られるのは水戸浪士ではなく井伊直弼だったという見方もできると私は思う。

もう一例をあげると、禁門の変の後、正義派・俗論派の争いが激化した長州で、高杉晋作の後に奇兵隊総督となった赤根武人という人物がいた。赤根は俗論派打倒を主張する高杉と衝突し、慶応2年に「幕府に内通した」理由で処刑された。だがこれは冤罪だったのではないか?という疑惑が残る事件だった。明治の終わり頃、赤根の遺族から国に対して贈位の申請がなされたが、山形有朋から強烈な横槍が入り流れたという。一坂太郎氏は「司馬遼太郎の描かなかった幕末」の中で「赤根を復権を認めると山形の座っている権力の座がおかしなことになってしまう」からだと説明している。

明治維新に活躍した元勲でもその後反政府軍の回った西郷隆盛は靖国神社に祀られていない。

結果からいえば、幕末・明治維新にかけて「祖国のために」に死んだ志士のうち、靖国神社に祀られたのは政治抗争を勝ち抜いた山形有朋を頂点とする長州閥にとって都合が良いと判断された人物が多かったということになる。そしてその射程は現在まで伸びているような気すらしてくる。

安倍首相の靖国神社参拝を米国の大統領によるアーリントン墓地参拝と同列に論じる人がいるがいくつかの点で問題があると私は考えている。

アーリントンは「無宗教」の「国家施設」だが、靖国神社は「神社」で「民間施設」であるという違い。アーリントン墓地は内戦で戦った相手方つまり南軍兵士も埋葬しているが、靖国神社は「官軍側」しか祀っていない。

だがもう一つ見落としてはならない違いは「精神的な支柱性」だろう。日本の兵士には「戦死したら靖国神社で祀ってもらう」ということが支柱になったが、米軍では戦闘地域に派遣される兵士で「アーリントンであおうよ」といって出征する人はいないそうだ(ある米人研究者の言葉)。

昨年秋にヘーゲル・ケリー両長官が千鳥ヶ淵戦没者墓苑で献花を行ったのは、戦没者を慰霊するならこの施設がある、というアメリカのメッセージだった。

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片恋の終わりはgood loserで・・・・

2014年02月16日 | うんちく・小ネタ

3週間ほど前、出身高校の首都圏地区同窓会があった。この同期会は還暦を機会に数年前に始められ、ほぼ年一回のペースで行われている。

私の出身高校は小中高連続の京都の学校であり、大部分の生徒は小学校から進学するが、一部中学・高校で学力試験による編入があった。私は中学からの編入組だった。田舎の小学校から都会の中学に入学した私を驚かせたのは女生徒たちの華やかさ・明るさだった。その中のある女生徒に対し私は強い憧れを抱いたことがあった。憧れといっても一緒にしばらく話がしたい・・・という程度のものなので、それを恋というのかどうかわからないが、一応私の中ではそれを初恋と整理している。そして残念なことにそれは片恋と整理せざるを得なかった。

ほぼ半世紀ぶりにその片恋の相手を同期会で見かけた。その人は今も元気にある分野で活躍を続け溌剌としていたので、私は中学生の自分の審美眼?が正しく、また片恋の諦めぶりもgood looserだったな、とちょっと満足した次第である。

私は片恋の終わりは3つあると考えている。一つはsour grapes型。もう一つはgood loser型。最後は忍ぶ恋型である。

Sour grapes(酸っぱいブドウ)とはイソップ物語にでてくるキツネとブドウの話に由来する。いくらジャンプしてもブドウに届かなかったキツネは「あのブドウは酸っぱいに決まっている」と悪口を言って立ち去る。Sour grapesは「負け惜しみ」の意味で別の英語でいうとbad loserだ。

Good loserはbad loser=sour grapesの反対。つまり負けを潔く認め、負かした相手の悪口を言わない態度だ。

最後の「忍ぶ恋」には少し説明がいるだろう。片恋は必ずしも忍ぶ恋ではない。思いのたけを相手にぶつけてあっさり断られる場合も多いからだ。だが忍ぶ恋は必ず片恋である。

武士道を説いた「葉隠」の中に忍ぶ恋を称賛する一文がある。

恋の至極は忍ぶ恋と見立申候。逢てからは、恋のたけがひくし。一生忍びて思ひ死するこそ、恋の本位なれ。

つまり生涯片恋を大事にするのが究極の恋、という訳だ。前段で片恋の終わりは3パターンあると書いたが、「忍ぶ恋」は生涯思い続けるので「終わりなし」というべきかもしれない。「忍ぶ恋」については「そうかな」と思うところもあるが、メールや携帯電話など思いのたけを相手に伝える多様な手段を簡単に利用できる現代にはそぐわない気もする。むしろ「思い死するこそ恋の本位なれ」などというとストーカーを助長する危険思想と思われるかもしれない。

Sour grapes型つまり「俺という良い男を理解しないあいつはつまらない奴だ」的な断念の仕方は結局自分の初期判断能力の低さを自ら認める結果になる場合が多い。

私はその人と親しい友達になることができなかったが、それは縁の問題ないし当時のお互いの関心の持ちどころの違いと整理しgood loserとなった(当時はそんな言葉は知らなかったが)。

珍しく個人の古い話をしたが、すべてのものごとにはbad loser・good loser・忍ぶ恋型の対応があると思う。たとえば若い頃やりたかったかったけれど、時間がなくてできなかった趣味を退職後楽しむのは「忍ぶ恋」型の健全な利用方法だろう。ただしbad loser型の対応には自分の心の中や仲間内で溜飲を下げるという効果はあるが、概ね建設的な結果をもたらさないと私は考えている。

 

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雪の被害、保険でカバー?FBにも実用情報が。

2014年02月15日 | うんちく・小ネタ

昨今中高生のスマートフォン依存症が問題になり、フェイスブックも元凶の一つに挙げられている。フェイスブックでは確かに「今どこにいる」だの「銀座で何を食べている」など本人以外に必要がなさそうな情報が流れることが多い。しかし昨日からの大雪に関連して、見落としていたら損をするかもしれない有用なある情報がフェイスブックを通じて得られた。

Roof

写真では分りにくいが、大屋根から滑り落ちた雪で駐車場の屋根の梁が曲がってしまい放置しておくと崩壊する恐れがあった。そこで近所の人の手伝いを得て屋根の雪を落とし当面の事なきを得たがこのことをフェイスブックに書くと、知人から「うちは屋根が崩壊しました。火災保険で被害の一部の補償を受けます」とメッセージが届いた。

雪害が火災保険の対象なのか?駐車場の屋根が保険の対象になるのか?

週明けには保険会社に聞いてみようと思う。思えば多くの人にとって保険金を請求する機会が相当少ないのが火災保険だろう。余談ながら最近カタカナ保険会社から医療保険のセールスの電話がやたら多い。医療保険は一定年齢になると保険請求することが増えると思うがそれでも勧誘がさかんなのは保険会社にとって美味しい保険(つまり保険会社が儲かる保険)だと私は思っている。

火災保険が積極的にセールスされることはあまりない。消費者がその重要性を理解して(あるいは住宅ローンを借りると強制的に加入させられて)加入しているからだ。

ただし何が保険事故に該当するか?というと意外な盲点があるかもしれない。

駐車場の屋根の修理費が保険で出るかどうかは来週また報告します。

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一歩上の山、一つの選択肢はロングトレイル

2014年02月15日 | 
総ての遊びは一歩上を目指す。100を切ったゴルファーは90を目指し、圧雪斜面のスラロームに慣れたスキーヤーは、コブ斜面や新雪を目指す。
登山愛好者もまた然り。日帰りのハイキングを卒業した人は小屋泊まりで3千メートル峰を目指し、やがて小屋泊まりを卒業して、テント泊まりを目指す。
私が若い時の「一歩上」は、よりグレードの高い岩、より長い渓谷、より深い雪山だった。だが還暦前後のおじさん達と登る山の「一歩上」のベクトルは違う。今の私たちの一つのベクトルは雪山トレッキングだ。今シーズンは両神山や美ヶ原をそのノリで歩いた。
雪がない季節はどのベクトルを目指そうか?と漠然と考えていた時、文芸春秋(3月号)で岩崎元郎氏の悠々山歩きで「ロングトレイル」を読んだ。ロングトレイル、直訳すれば「長い道」だが、カタカナだと夢が広がるから不思議だ。
世界的にはネパール・ヒマラヤのエベレスト街道やアンナプルナ一周ルートが有名なロングトレイル。昨秋歩いたアンナプルナ内院ルートも有名なロングトレイルの一つだ。
国内では信越トレイルなどが比較的新しく開かれたロングトレイルだが、古いところでは熊野古道などもロングトレイルだ。
そんな中で私が注目しているのは、日本海と太平洋を分ける中央分水嶺のトレッキングだ。
関東からは「清水峠から谷川岳」とか「甲武信岳から金峰山を越えて信州峠」などが中央分水嶺トレッキングの一部だ。
テント泊まりと小屋泊まりを適当に混ぜながら、数日の山旅を楽しむ。
これは一歩上の山の一つの選択肢だ。
しかし選択肢は他にもある。
思いつくまま、そしてあまり危険でないことを列挙すると次のようなものがある。

・奥多摩などの低山で地図にない道(作業道など)を歩いてみる。
・渓流釣り(放流でもよい)を楽しみながら、日本の大きな川の源流をゆっくり旅する(魚が釣れるかどうかを別にすれば千曲川の源流など最高。荒川の最上流も面白い)
・軽いショートスキー(昔フリーベンチャーという軽スキーがあったが、3シーズンほどでソールがはがれたという問題があったが)を駆使して、残雪の山を自由に歩き回る。

いずれにせよ、ガイドブックに書かれたコースをコースタイムを気にしながら歩くだけでは本当の山の良さは分らない。
長寿化に伴って還暦前後の山登りも一歩上いや少なくとも半歩程度は上を目指す時代なのだろう。


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コレクションは終わったのか?

2014年02月14日 | 金融

昨年12月30日の日経平均株価の終値は14,008.47ポイント。2月4日につけた今年の最安値が14,008.47ポイントで平均株価の下落率14%だった。その後少し戻したが昨日時点で株価の下落率は11%弱である。

日本株の今後の動きについては見方が分かれる。強気な意見を述べているのは、JPモルガンのマルチアセット・ストラテジストのStephen Parker氏。彼は「日本株は本当に興味深い市場だ」と述べている。その理由は中央銀行(日銀)の積極的な金融緩和策。米連銀の例からみて、彼は中央銀行が積極的な金融緩和策を取れば株価は上昇すると判断している。

一方日本株の先行きに慎重な見解を示すのは、IMFのアジア太平洋局のジェリー・シフ副局長だ。彼は日本株の価格変動幅が大きくなっているのは、世界経済の方向感に対する不透明さだけでなく、投資家が安倍首相が長期的改革をやり遂げることができるかどうか懐疑的になっていることの表れだと述べている。

一般に株価が急激に10%以上下がる場合をCorrectionというが、株価の水準見直しがこれで終わったと判断できるかどうかは微妙だ。だが常に先のことは不透明である。不透明さの度合いに違いはあるが。

今年は新興国市場はパフォーマンスが悪そうで、期待できるのは先進国市場。中で年初に大きく下げた日本株には妙味があるという判断は株屋さんの宣伝文句だけではなさそうだな、と私は感じ始めている。

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