日中は御茶ノ水の全電通労働会館ホールにて「SFセミナー2006」。1時限目に少し遅刻しましたが、4つの企画すべてまじめに聴講しました。
すみません、体力の衰えた老年は昼企画のみの参加です(「浅倉久志さんを見習え!」の声あり)。
その1時限目は「超SF翻訳家対談」――出演:浅倉久志+大森望 司会:高橋良平
遅れて席についた時は、昔の文庫は景気が良かったという話をなさってました。後の内容はおもに浅倉さんがSF翻訳家としてなさってきた44年間の仕事を振り返るもの。
ハリイ・ハリスンの『宇宙兵ブルース』は「のってやった」。P・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は編集部に原書があったのを借りてきて読んで、面白かったのでやった。……などなど。
昔、創元SF文庫から翻訳を出す時、浅倉さんは「大谷圭二」の名前を使っていましたが、その理由は、早川書房の編集者が「(浅倉名義で)創元から出すのは(上司の反応を考えると)まずい。名前を変えた方がいい」とアドバイスされたからだそうです。
「伊藤典夫さんは(そのままの名で創元から出しても)構わなかった?」と大森さんが問うと、
「あの人はしょうがない。何をいわれても気にしないから」という答。これには笑いました。
2時限目は「異色作家を語る~国内作家編」――出演:牧眞司+長山靖生+日下三蔵 司会:代島正樹
出演者それぞれが選んだ異色作家短篇集20のリストを見ながらのお話でした。
牧さんにとっての異色作家とは「定義から外れる作家」ということで、岡本綺堂、内田百閒といった古いところから、倉阪鬼一郎、三崎亜記など新しい人までが挙げられています。
長山さんは「自分は好むけれど世間には好まれない、もっと評価して欲しい作家」ということで、牧野信一、城昌幸、渡辺温・啓助兄弟など古い人中心。
日下さんは「よく知られている作家でも、ふと訳のわからないものを書いてしまった、というようなものも好き」。遠藤周作『蜘蛛』、曽野綾子『蒼ざめた日曜日』、畑正憲『ムツゴロウの玉手箱』などが入っているのがかえって異色でした。
日本人の書いた変な小説で面白いものもいっぱいあるんですよね~。
3時限目は「ウブカタ・スクランブル」――出演:冲方丁+柴田維(TOE) 司会:三村美衣
まずは、冲方さんが編集マネジメントの柴田さんと組んでスタートさせた「文芸アシスタント制度」の話から。
これは冲方さんがトップになって、集団で創作を行なうシステムを作ろうとしているわけですね。後につづく人材育成と業界への貢献を目的にしておられるとか。発足させようとした時に「シュヴァリエ」の企画が走り出し、マンガ、小説、アニメでそれぞれ独立した内容・体制のメディアミックスを展開しているところだそうですが、そのうちの小説をこの制度で生産しているとのこと。他にクリエイターも募集して、集団で創作を流通させようという計画だそうです。
三村さん「週刊で小説を出してゆきたいといってましたが、うまくいきますか?」
冲方さん「週刊で出せるには10年かかることがわかった。10年たてばアシスタント制度が常識化するだろう。今は常識を提供している段階」
『マルドゥック・スクランブル』の続編(というか先行するエピソードだそうですが)『マルドゥック・ベロシティ』は最後の部分を「新幹線のトイレにパソコンとコカコーラを持ち込んで書き終えた」そうです。総計1600枚ぐらいらしい。夏ぐらいに刊行されるのでしょうか。楽しみ。
4時限目は「ワン・ヒット・ワンダー・オブ・SF」――出演:ジーン・ヴァン・トロイヤー+中村融+東茅子+小川隆
これはポップスの「ワン・ヒット・ワンダラー(一発屋)」から来た企画ですね。日本でいえば松村和子「帰って来いよ」のように、1曲だけで消えていって、しかも記憶に鮮やかな人のこと。
歳のせいで、長大な小説が重くて電車内やベッドに寝転んでは読みにくくなり、もっぱら短篇を愛読するという小川さんが、ある日、「ワン・ヒット・ワンダラーは〈ぼくらのジャンル〉にはいるが、他のジャンルにはいないようだ。これはなぜか?」と考えたことが企画の発端らしい。
出演者それぞれの推すワン・ヒット・ワンダーは――
- 小川さん
- 「冷たい方程式」トム・ゴドウィン
- トロイヤーさん
- 「闘士ケイシー」リチャード・マッケナ
- 中村さん
- 「火星のオデッセイ」スタンリイ・ワインボウム
- 「努力」T・L・シャーレッド
- 「ベティアンよ帰れ」クリス・ネヴィル
- 「壁の中」シオドア・コグスウェル
- 「旅人の憩」デイヴィッド・Ⅰ・マッスン
- 「みっともないニワトリ」ハワード・ウォルドロップ
- 「我が友なる敵」バリー・B・ロングイヤー
- 東さん
- 「今後きちんと紹介されなければテッド・チャンもこのままでは……。皆さん、そう思いません?」
こういうのを考えるのは楽しいですね。
なぜSF短篇にワン・ヒット・ワンダーが多いのか。中村さんによれば「短篇はアイデアに適した枠の形式をいかにして見つけるかが肝心。その形式をたくさん作れる人もいるし、ひとつしか作れない人もいる」。
これに賛同してトロイヤーさんは「ウィリアム・ギブスンはひとつのアイデアを少しずつ角度を変えて、たくさんの作品に仕立てた。そのあたりの技術がうまい」。
森下の私見によれば、短篇はとんでもない世界や内容を語るのに適しているんですね。長い物語に仕立てると、あれこれ説明しなければならなことが出てくるし、読者も疑問を抱いてしまう。短篇であっという間に終われば、アイデアに驚くだけで、他のことは忘れてしまう、と思うのです。そのぶん印象も強くなりますよね。
以上、駆け足でしたが、SFセミナー昼の部の私的報告であります。