著者カズオ・イシグロの作品を読むのは、恥ずかしながらこれが始めて。名前はずいぶん前から知っているのですけれども。
全寮制の学校で育った3人の男女をめぐる物語。主人公キャシーの一人称で、幼なじみのルース、トミーとの関係が語られる。
じっくりと描かれる彼らの関係は、ある意味、とてもわかりやすい。人間性に富んだ「ああそうそう、そういうことってよくある」というエピソードの積み重ねになっている。
しかしそうした関係が、彼らの置かれた尋常ならざる境遇(このあたりの設定がSFであることは、私の仕事の性格からして言っておきたいところ)が徐々に明らかになるにつれて、特別な意味を持ってくる。尋常が異常へ転換するといいたいのですが、果たして何が異常で何が尋常なのか、軽々しく口にすることができなくなってしまう。
静かな衝撃と深い感動はちょっと類例を見ませんが、『アルジャーノンに花束を』や『くらやみの速さはどれくらい』などと比べてみたい気もする。
この小説は、一見、SFの設定を借りて人間のリアルな姿を描いているように思える。しかし、実は著者の特殊な考え方(人生への態度)が強く打ち出されており、リアリズムとは無縁の境地にあるといえそうです。それは端的にいえば、主人公たちが「運命」に向き合う、その姿勢にある。
この異様な態度がどういうことなのか、もっと知るためにも、著者の他の作品を読みたくなりました。(カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』土屋政雄訳、早川書房)