まず、住職の被り物が面白い。三角形に尖った頭巾で、これまで映像では観たことがありましたが、実物は初めて。その他、小物もこれまで見たことがないものが並べられていました。
お経も、時々、陀羅尼というのでしょうか、サンスクリット語のマントラが唱えられるので、響きが面白い。言葉に宇宙的な力をこめる信仰を、これまでになく身近に感じたことでした。
かと思えば「あの世と、この世と~」と、軽い調子の歌のようなものもある。肩の力が抜けます。
で、この儀式を取り仕切る住職が、女性でした。これも初めて。
あれこれ興味深く感じつつ、お世話になった故人のご冥福をお祈りいたしました。
北原尚彦会長、横田順彌さん、アメリカ帰りの堺三保さんなど総勢15人が居酒屋の細長い掘りごたつ式テーブルを囲んでわいわいと。
私は倉阪鬼一郎さんと日下三蔵さんの間に座り、あちらを向いたりこちらを向いたり(どちらかといえば、日下さんやその向こうの堺さんたちと盛り上がっている時間が長かったかも)。
正面にはロード・ダンセイニ研究家の未谷おとさんがいらして、貴重な研究誌を頂戴しました。
明けて、今日。昼過ぎ、仕事部屋の窓の外に何やら気配があるので、レースのカーテンの隙間から覗いてみると、ヒヨドリが木製プランターで育てているサラダホウレンソウを齧っています。 「あちゃ~!」と思いながらなおもそっと見ていると、今度は白菜の方に飛び移り、葉っぱをついばみ始めました。
悪食というか、グルメというか。この鳥は色々なものを餌にするんですね。
嗜好範囲が広いというのか、あれこれ食べるのを楽しみにしているんでしょうか。それはそれで良いことなのかもしれません。でも、丹精込めたものを食べられると困ってしまいます。
追い払うしかないか。

これまではピンクの点線ルートだったのが、ほぼ直線に通れるようになり、早く、安全になりました。
古いルートは狭い上に見通しが悪かったんですよね。よく使われる抜け道なので、かなり危険でした。
でも、武蔵野の森公園は新しい道路によって東側と西側に分断されてしまいましたねえ。これは残念なところ。公園の魅力がずいぶんと低下しました。
それにしても、ずっと前にも書いたことがありますが、道路は増えるばかりで廃止されることは、まずありません。国土における道路占有面積は増大の一途をたどっています。このままゆけばどうなることか……。
(地図はyahoo!のものをコピーした上で加筆しました)
しかし、今年はどうも元気がない。葉の茂り方がいまひとつです。
ひと月あまり前でしょうか、わずかな葉が枝についたまま枯れているのを見ました。「枯れている?」と、気になったものです。
今日、植木屋さんが入っていたので、低い塀越しにそのことを尋ねてみると、「どうも水が上がってないようで気になっていた」とのこと。
弱った木が葉を落とすのはまだ大丈夫で、葉が枝で枯れてしまうとまずいのだそうです。
「いずれ処分します」と言っていましたが、残念なことです。
ところで「水が上がっていない」という言いかたは、つまり、根が吸った水が枝まで届いていないということを表わしているのでしょうね。植木職人さんなら普通に使う言葉なのでしょうか。
こういった職人言葉はカッコイイですね。素人ながら、多く知っておきたいものです。