早いものでもう今年は半分過ぎた。6月の終わりに米国株市場では、ハイテク銘柄が売られ、相場が乱高下したが、半年を通じてみると世界的な株高だった。パフォーマンスが高かったのは韓国・インド・米国(ナスダック)などで年初来14%以上値を上げた。日本株(日経平均)も2万円台に乗せ、4.8%のプラスとなった。
この株高がこのまま持続するのか?それとも反落に向かうのか?は投資家の最大関心事。
WSJによると、過去20年間で今回並みかあるいはそれ以上の世界的な株高ブームが4回あり、その内2回はその後の急落を経験し、後の2回は持続的な株高につながっている。急落した2回は1999年のITバブル崩壊前の株高と2007年のリーマンショック前の株高だ。
一方2003年と2009年の株高の後は株価上昇が持続した。過去の事例からは単純な答えは出てこない。
今投資家の最大の懸念は、中央銀行がどこまであるいはどこでタカ派的姿勢を示すかだろう。先週米国株が揺れた原因の一つは欧州中銀のドラギ総裁の発言が、欧州中銀が緩和政策を転換することを示唆していると一部の投資家に解釈されたことによる。
株式投資家は景気が上向くことは歓迎するけれど、中央銀行が景気や相場の引き締めに動くことは極度に警戒するという我儘な存在である。
今年の株高は、思い起こせば「トランポノミクス」への期待から始まった。大幅減税・インフラ投資拡大が米国の経済成長率を高めるという期待だ。一方トランプ大統領が選挙戦で掲げてきた保護主義に対する警戒感もあったが。
ところがこの半年を見ると、トランポノミクスは具体的成果があらわれていない。そして保護主義の悪影響も現れていないようだが。
予想というもはかくも当たらないものなのだ。
結局株価をけん引したのは、好調な企業業績とIT企業に対する強い成長期待だった。
そんな中識者のコメントを見ると投資家のcomplacency(自信過剰・ひとりよがり)が拡大していることに対する警告が目に付くようになってきた。
アマゾンとアルファベット(グーグル)の株価が1,000ドルクラブ入りを目指して、ラリーを続けていた時がcomplacencyがピークに達した時だったかもしれない。
易経に「亢竜(こうりょう)悔いあり」という言葉がある。昇りつめた竜は降るしかないという意味で、慢心を戒める教訓である。
優勢が必ず慢心を生むということは、最近の自民党の大臣等の政治家としての自覚を欠いた言動にも表れている。
一方日経新聞を見ると株高に対する警戒感が強く示されているが、日本の投資家の利食い売りを進めるようで私は少し気になっている。
日経平均は世界の株の変動にレバレッジをかけて変動する(特に下げる時は反響は大きいと思う)ので、意味のない警鐘とは思わないが、
今世界の株式相場はどちらに向かうかわからないというのが、正しい見方ではないか?と私は考えている。
したがって過度に強気にも、弱気にもならず、粛々と自分の定めた投資ルール(例えばアセットアローケーションを守り、時価比率が高くなった資産は売り、時価比率が安くなった資産を買うなど)を実践することが大事だろう。
自信過剰の中で一番危険なことは「自分は先を読める」と考えることではないだろうか?