昨日(7月10日)行われた参院選挙は報道機関の出口調査による予想のとおり与党の圧勝となった。憲法改正に前向きな「改憲勢力」は非改選と合わせて国会発議に必要な2/3を参議院で確保した。
衆議院では「改憲勢力」は2/3を確保しているから、岸田政権が改憲を発議しようと思うと発議できる態勢は整った。
もっとも憲法改正は憲法改正の発議があった日から180日以内に行われる国民投票で投票総数の半数以上の賛成票を得なければならない。
私は基本的に憲法改正の立場をとっているが、これは何も第9条を変えるということだけではない。1947年にアメリカが草案した憲法を採用して以来75年つまり3/4世紀が経過している。その間に社会構造、経済構造、国際情勢等あらゆるものが大きく変わってきた。当然当時の憲法では想定していないことも出てきている。これに対して憲法は不磨の大典だから変更すべきでないというのは余りに硬直的な考え方だ。憲法を含めて総ての法律は、我々国民がよりより豊かで充実した生活を行う社会的フレームを定めることにある。憲法の場合は更に諸外国に対し、日本のコミットメントを示すものでもある。諸外国は憲法というコミットメントとそれに基づく実際の行動を見てブレが少ないと信頼できる国と判断する訳だ。もちろんどんな国でもどんな社会でも本音と建て前があり、そこには乖離があるものだ。つまり現実を踏まえて規定を弾力的に運営する訳だ。だがその乖離があまりも大きくかつ常態化した状態が続くことは危険なことだと私は考えている。何故ならそれは国民の遵法精神を損ねるからである。また対外的にはコミットメントへの信頼性を低下させるからである。
憲法9条1項は「国権の発動たる戦争と・・武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、これを永久に放棄する」と規定しているので、素直を読むと「侵略戦争は行わない」と宣言していると解釈される。
実はこの条文は不戦条約と国連憲章の内容そのものなのだ。一方国際法は侵略戦争を抑止する手段としての自衛権を認めている。現在ロシアがウクライナに対し紛争を解決するする手段として武力行使を行っているが、これに対しウクライナはNATO諸国の支援を受けて自衛権を行使している。欧米諸国がウクライナを支援するのはそれが自衛の戦争だからだ。
したがって素直を解釈すると憲法9条1項は侵略戦争や武力による威嚇は行わないという国連憲章は遵守するが、自衛権は当然保持していると解するべきなのである。
ただし2項の規定の後半「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」「国の交戦権はこれを認めない」だけを見ると戦力=自衛隊は憲法違反か?などという意見ができる可能性がある。もっとも前半で「前項の目的を達するため」とあるので、通して読むと9条は侵略戦争や武力による威嚇のための軍隊は保持しないといっていることは明らかでその延長線上で国際法上の当然の権利である自衛権行使のための戦力の保持を妨げるものではないことは自明である。
ただし「交戦権」など国際法上はっきりしない言葉を入っているので、もう少し分かり易くするとともに、自衛権行使のための戦力を保持するということを明記する方が良いだろと私は考えている。