金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

IT技術と証券取引所

2006年02月06日 | 金融

東証のシステム改革問題は日本の新聞でも話題になってきたが、エコノミスト誌も最近「動いている市場」という題でIT技術と証券取引所の問題を分析している。まず記事の概要を見た上でコメントを述べたい。

  • 一人の投資家は一つのボタンを押すだけで、1,000の小さな「買い注文」を証券取引所に送る。取引所のコンピュータは直ちに受け付けるが、ほんの一瞬後99%の注文は取り消される。このようなことはアクティブなヘッジファンドや「アリゴリズム・トレーダー」からの注文の洪水で一日に沢山起きる。

ここでエコノミスト誌の記事を離れてアルゴリズム・トレードについてちょっと見てみよう。アルゴリズム・トレードとは証券会社が顧客に対して特定のロジック(アルゴリズム)に基づいて動作するトレーディングシステムを提供するサービスといえる。これは米国で発達したシステムだが、その背景には米国の証券取引の特徴がある。米国では私設取引所が複数存在し、ニューヨーク証券取引所等証券取引所と競合している。利用できる「場」が多いだけデータ量や意思決定のプロセスが複雑化し、顧客ニーズを取り込むためこの様なサービスが提供される。なお日本ではまだアルゴリズム・トレードは余り見られない様だ。

さて記事に戻る。

  • 取引高は急拡大しているが、平均的な取引サイズは90年代半ばの2,000株から今日では400株に低下している。
  • 最近の東京証券取引所の困難な状態は、システムが取引形態やボリュームの変化に対応できないと何が起こるかを示している。
  • 技術というものは決して金融市場の新しい要素という訳ではない。1980年代の電子的取引の出現は金融市場の国際化と取引量の拡大を助長した。しかしその後ドットコム・バブルで減速した後、今や取引所と仲介業者の注意がかってない程求められている。投資家は伝統的な取引ルートを経由せず、証券取引所とあるいはお互いにより簡単に取引ができる。
  • 「技術は怪物を生み出したが、その怪物はより優れた技術で対処されねばならない」と先物取引所のある人物は言う。
  • あるリサーチ会社によれば米国だけで証券・投資顧問業界は昨年264億ドルのIT投資を行い、恐らく2008年には300億ドルの投資になるということだ。
  • セルサイド(売り手側)が一番多く投資している。J.P.モルガン・チェースとモルガン・スタンレーは各々2004年に20億ドル以上のIT投資を行なった。一方資産運用関係では、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ、バークレーズ・グローバル・インベスターズ、フェデリティが2億5千万ドルから3億5千万ドルのIT投資を行なっている。証券取引手数料が削られる中で多くの会社はより良いシステム技術が取引コストの削減と顧客維持の一つの方法と結論付けている。
  • 証券取引所も歩調を合わせて大きな投資を行なっている。コンサルティング会社セレントによれば、昨年ニューヨーク証券取引所は1億4千万ドル、ナスダックは1億1千万ドル、ユーロネクストは1億ドルの投資を行なった。またある私設取引所(ECN: Electronic communication networks)は40百万ドルの投資を行なった。
  • 証券取引所は顧客ベースの変化に適応していかなければならないが、今はヘッジファンドとアルゴリズム・トレードが取引量の大きな部分を占めている。この二つは米国で大きく、欧州では成長中である。これらは幾つかの資産クラスにまたがる複雑な戦略を作る傾向にある。複数の資産はまた異なった証券取引所で執行される。
  • このことは証券取引所に幾つかの資産クラスを取り扱えるプラットフォームの構築の検討を加速させる。ロンドン証券取引所によればアルゴリズム・トレードは総取引量の4割を占める。同証券取引所は来年完成予定の4年がかりのプラットフォーム構築を行なっている。同証券取引所によれば競争相手のドイツ証券取引所とユーロネクストは株とデリバティブで別々のプラットフォームを使っていると言う。
  • 米国ではニューヨーク証券取引所と合併を予定している電子取引大手のアーキペラゴは現在、株・上場型投信・オプションの電子取引を行なっているが、事業債と先物をそのプラットフォームに加えることを計画している。
  • 資産クラスをまたぐ取引やクロス・ボーダー取引が頻繁になりつつあるので、人々は「コンピュータ言語」の標準化について考える様になってきた。大きな証券取引所は独自のプロトコル(通信規約)を持つ傾向があるが、FIXと呼ばれる共通プロトコルに対する関心が高まっている。

FIX:Financial Information Exchangeプロトコルとは、証券取引をリアルタイムで電子的にやリ取するために開発された構造化言語である。

  • 現在ではCME、OMX(ノルディック証券取引所)やシンガポール証券取引所がこのプロトコルを利用している。
  • 合わせて規制強化のプレッシャーがある。この結果技術が向こう数年競争力の争点となりそれはシステム会社の喜ぶところとなる。ソフトウエア会社サンガードは「向う1年から2年の間に地殻変動的なシフトがある」と予想している。

ところで東証はどれ位システム投資を行なっているのか?ということが気になったので、東証の決算短信でシステム投資額を調べてみた。ざっと見た限りではシステム関連費用としては84億3千万円という数字が出ているが、これは単年度投資額ではなく、システムの運営費用や過去に投資したシステムの償却費用を合計したものだろう。一方「投資活動によるキャッシュフロー」を見るとソフトウエア購入費として32億円弱の数字が上がっている。これは単年度のシステム投資額に間違いないがシステム投資がこれだけかどうかははっきりしない。そこでニューヨーク証券取引所(NYSE)の決算書と見比べながら推測してみることにした。

まず費用を見てみよう。NYSEの年間費用総額は10億31百万ドル118円で換算して(以下同じ)1,217億円である。一方東証の費用は417億円である。NYSEのシステム経費は124百万ドル146億円強である。なおNYSEの人件費は510百万ドル弱約6百億円である。一方東証の人件費は退職給与引当金まで入れて107億円強とNYSEに2割程度に過ぎない。これは大きな特徴だ。

さて東証のシステム投資規模の推定であるが、NYSEとの費用総額規模比較(約3分の1)とシステム経費規模比較(約57%)から類推して、NYSEの年間システム投資額が165億円とすると、東証のシステム投資額はキャッシュフロー計算書にある32億円より大きく7~80億円程度と見ておいて良いかもしれない。

この投資金額が大きいか小さいという前に考えなければならない問題は人件費の違いである。このブログで以前にも述べたが実はNYSEがシステム取引に依存している割合はかなり小さく「場立ち」による取引割合が高い。これに対して全取引がシステム化している東証は人件費面では合理化されているともいえるが取引形態の変化や取引量の増大に対する対応力のなさという点では極めて手薄い体制とも言えそうだ。部分的には優れた技術があるがロジスティクス全体が弱いということで何となく旧日本軍的ではないか?・・・・

という流れの中で見てくると全取引執行を電子化している東証では安全性を確保しながら新しい取引形態・取引量に対応していくにはもっとシステム開発投資が必要ということが言えそうだ。

ただ安全で効率的なシステム投資というものは現状の取引慣行等をシステム化するだけではだめだ。売買単位の見直しなど簡素化も喫緊の課題。またECNと呼ばれる私設取引所も証券取引の取引所集中を緩和する安全弁の役割を果たしている可能性があるので日本でも検討課題になるのではないか?

余談だがエコノミスト誌の記事が正しいとすると株式投資の眼で見ると証券系等に強いシステム会社には今後受注が増えそうだ。投資対象として注目する価値ありか?

コメント
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