私のブログの中でヘッジファンドに関する記事には検索サイトからのアクセスがそこそこある。以前はヘッジファンドについて機関投資家に説明する立場にあったので調べたことを一部ブログに載せていたからだ。最近はヘッジファンドとの仕事上のつながりは極めて少なくなったが、ヘッジファンドに対する個人的な関心は続いている。
その理由は二つある。一つはヘッジファンドというものが色々な意味で金融取引の矛盾する側面を抱えており知的好奇心を煽ることで、もう一つは投資信託の形を通じてヘッジファンドの投資戦術を個人でも利用できる余地が拡大してきたことである。
ヘッジファンドに関しては欧米の経済紙(誌)の記事が多いのでまずエコノミスト誌の最近の記事のポイントを紹介しながら業界の最近の動きを見てみよう。エコノミスト誌は最近二つの記事を出している。一つは「ヘッジファンドというラベルはますます曖昧になっている」The label "hedge fund"is getting fuzzier by the dayというものでもう一つは「機関投資家の参入で鋭い武器とすばらしいリターンが失われつつある」As institutional investors move in, hedge funds are loosing some of their rough edges - and their spectaclar returnsというものだ。二つ合わせてポイントを紹介しておこう。
- 多くの専門家が論じるところだが、ヘッジファンドを資産クラスと考える誤りがあるが、ヘッジファンドとは資産クラスというよりは投資戦略なのである。これについては事実、私が日本の年金基金向けの仕事をしていた時、機関投資家サイドのみならず販売業者や受託者サイドにも資産クラスとする考えが強かった様だ。
- ヘッジファンドのリターンは低下している。クレディ・スイス/トレモント・ヘッジファンド指数は2005年に7.61%上昇しただけだった。ロンドンのあるビジネススクールの調査によれば、ヘッジファンドの5分の1以下しか投資家にS&P500等の指数以上のリターンを提供することができなかった。(もっとも今年1月に入ってヘッジファンド指数は3.23%上昇している。これは2000年8月以来の好成績)
- トレモント指数の首脳によれば「今日ヘッジファンドに流入している資金の5-6割は機関投資家のものである」。この傾向は日本が一番強く、次に欧州大陸である。米国では遺産財団等の投資が多く機関投資家はより試し的な投資を行なっている。ロンドンに多くのヘッジファンドが拠点を置くにも係らず、英国の機関投資家はヘッジファンドの透明性の欠如からシニカルな見方をし一番投資が少ない。
- 10年から15年前では投資家はヘッジファンドに対して年30-50%のリターンを求めていたが現在では年金基金は8-10%のリターンで手を打っている。ただし年金基金はより低いボラティリティを要求している。
- 年金基金はアルファ(市場を上回る運用成果)を求めているが、これに懐疑的な投資家はこう言う。「我々は我々が運ではなく正しい戦略により市場リターンを上回る超過収益をあげることができるヘッジファンドマネージャーを識別できるスキルを持っているかどうかについて極めて神経質になっている」
- 世界的な資産運用会社BGIの幹部は「マーケット・エクスポージャーは安く、アルファは高い」と言う。別の言葉で言えばヘッジファンドマネージャーは市場リターンを上回るために大きい報酬を求めているということだ。
- ヘッジファンドの資産規模が大きくなるに連れて、ヘッジファンドマネージャーは慎重になる。彼らは「失敗を避けること」を目標にする様になる。というのはヘッジファンドの運用報酬は1,2%の固定報酬と一定の目標利回りを越えた時に受取る成功報酬で構成されるが、資産規模が大きくなると固定報酬だけで飯が食える様になる。するとそのファンドマネージャーは「高いリターンを目指す積極的な運用を行なって失敗し解任されること」を恐れそこそこの運用を目指す訳である。これを「資産維持モード」Asset retention modeと業界通は呼ぶ。
- この困難さに対処するため英国の大手ヘッジファンド運用会社マン・グループは2つのタイプのヘッジファンドを提供している。一つは「透明性が高いがリターンが低い」タイプでもう一つは「透明性は低いがより高いリターンを提供する可能性が高い」タイプである。例えばマン・グループの中のAHLファンドは自動化された「ブラック・ボックス」トレーディングを通じて世界の100以上の先物市場に投資する。そのリターンは2005年に14.3%で設立以来では18.1%だった。
これに加えて最近話題になっていることは米国の投資信託業界で、ヘッジファンドの運用手法~空売やデリバティブ等の利用~を取り入れるべく、株主(受益者)に運用制限緩和を求める動きが出ているということである。
ヘッジファンド的運用を行なっている投資信託は日本にもある。例えばスパークス・アセットマネジメントは何本かの日本株ロング・ショート(日本株の買いと売り両建を行なう投資戦略)投信を立ち上げている。その中の「ロング・ショート・ストラテジー」という2002年3月設定のファンドの運用成績を見てみよう。当該ファンドの設定以来の運用成績は50.8%で、同時期のTOPIX58.2%より若干劣る。また過去3年間についてみれば同ファンドのパフォーマンスは64.47%でTOPIXの103.25%を大きく下回る。なおこのデータはスパークスがインターネット上で公表している簡単なデータを引用したもので、運用のばらつき度合いについて計数的な報告はないが、グラフを見る限りではスパークスのファンドの方が市場=TOPIXよりボラティリティがかなり低いということは付け加えておこう。
私はスパークスのロング・ショート運用力は中々のものと思うが、運用成果だけを見れば相場が強い時はヘッジファンドがインデックスに勝つことは難しいと改めて思う。むしろヘッジファンド的運用のポイントは、ボラティリティが低い絶対的利回り追求型の運用を行なうことにあるのだろう。
今しばらくの間、日本株は高いパフォーマンスを上げる可能性が高いがいずれ停滞する時期がくる。そうすれば優良銘柄を保有するのみならず下落すると見込む株を積極的に空売りする手法が日本でもより一般化することになるだろう。一般個人の投資家にとっては選択の幅は広がるが、運用者を選別するのが益々難しくなりそうだ。