来週ある顧問先で今年入社した社員向けに話をすることになっている。昨年までは、同様の研修では「コミュニケーション力を高める」などという行動面の話をしてきた。
今年は目先を変えてキャリア・アンカーという視点で「働く意味を考える」という話をしようと考えている。
キャリア・アンカー Career anchorとは直訳すると「職歴の錨」だが、意味するところは「キャリア形成上譲ることのできないこだわり」ということだ。キャリア・アンカーという概念を打ち立てたエドガー・シャインMIT教授によるとキャリアアンカーは「キャリアの上でどうしても犠牲にしたくない『能力』『動機』『価値観』の組み合わせ」ということになる。
一般的にキャリア・アンカーは20代後半位になって考えるものだと言われている。ある程度職務経験を積まないと「自分の能力」や「仕事の社会に対する貢献」が見えてこないからだ。
従って入社1年目の社員には「腹におちない」ところがある話になる可能性があるが、次の理由から敢えて話をすることにした。
第1に以前に較べて、「キャリア形成」について考える時期が早まっていると感じるからだ。一昔前のある程度の規模の会社では、入社5年目位までは「仕事に流され行く」感じでキャリアを積むことができた。流され行くというと主体性がないように聞こえるが必ずしも悪いことではない。これはキャリア・ドリフト Career driftという概念で「大きな節目と節目の間では流れに身を任せて職能を身に付ける」ことも大切だと言われている。
ただしこのドリフトできる期間が短くなり、主体的に自分でキャリアをデザインする時が早まりつつあるというのが私の直観である。
第2には講話の聴き手は若い社員だが、人事部の幹部も同席しているので、人事部の人にこそ聞いて欲しいという思いがあることだ。
今政府は「働き方改革」という旗印を掲げ、「長時間労働の解消・非正規雇用と正社員の格差是正・高齢者の就労促進」を進めようとしている。そのこと自体は結構なことなのだが、バックボーンが欠けているのではないか?と私は懸念している。
つまり働くものの視点で「仕事を通じて自分らしい生き方を確立するような社会を目指そう」という視点だ。
キャリア・アンカーという概念は1990年頃アメリカで登場した概念だが、最近のアメリカで企業と従業員の関係で重視されているのは、Employee Engagementという概念だ。適切な日本語訳はないが「従業員の会社の業務に対するコミットメントや積極的関わりの度合い」という意味である。
Employee Engagementが高いと生産性が高まり、顧客の企業に対する信頼度も高まると言われている。
ちなみにアメリカでは社員の3割が高いEmployee Engagementを持っているが、日本では7%程度に過ぎないとGallapの調査は述べている。日米の生産性の格差の一つの要因かもしれない。
なお観念的に考えると従業員のキャリア・アンカーに気を配るような会社ではEmployee Engagementつまり従業員の会社に対する思い入れが高まることになる。ただし人事問題の専門家の実証的な研究(あるかどうかも知らないが)を見ないと即断はできないだろうが。
話が長くなったが、「働き方を改革」するには枠組みの改善だけでは不十分で、個人が自己実現するために働きやすい場所と方法で働くことができるような社会を目指すことが重要だと私は考えている。
ただしこのような話は若い社員の方の領域外の話なので、講話ではここまで話をすることはないだろう。