「病院に行っても病気が治らない日」(岡部 正著 講談社+α新書)を読んだ。タイトルは少し長ったらしいが、本文は歯切れが良く読み易い。この本は平易な言葉で今医療制度の世界で話題と問題になっている「特定健康診査」(メタボ診断)や「後期高齢者医療制度」の問題を解説するとともに、著者の鋭い問題意識を投げかけている。医療問題に関する格好の入門的啓蒙書である。
しかし医療制度を概観しているだけではなく「何故メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)になるとガンや脳卒中になり易いのか?」という具体的な健康問題についても分かりやすい説明がある。それによると「健康で長寿の人にはアディポネクチンという超善玉ホルモンが多い」「アディポネクチンは痛んだ血管を修復したり、腫瘍細胞の増殖を抑えてがんを予防し退治したりする」「内臓脂肪が増えるとアディポネクチンの分泌が抑制され、反対にやせて内臓脂肪が減るとアディポネクチンが増加する」「だから生活習慣病を予防するには内臓脂肪を減らすことが一番」ということだ。
アディポネクチンの話は以前テレビでも一、二度見たことがあるが、このように理路整然と説明されると「なるほど、なるほど」と分かったつもりになってしまう。もっとも頭で分かることと身を持って、この善玉ホルモンを増やしているかは別問題なのだが。
この本でもう一つ注目するべきところは「終末期医療」のあり方について提言を行っていることだ。著者は治る見込みのない延命治療に疑問を投げる。この本は「厚生労働省によると入院の一ヶ月の平均医療費は41万円で死亡前一ヶ月になると112万円に膨らむ」と述べている。
最近ニューヨークタイムズで読んだところでは米国のダートマス・リサーチという機関が米国の幾つかの病院における終末医療費のばらつきについて調査を行っている。その調査によると死亡した患者の最後の半年の医療費が一番高かったのはUCLAで約5万3千ドル、一番安かったのはMayo クリニックというところで約2万9千ドルだった。医療費が一番安かった病院は「自分達の病院の医師は(給料が定まった)サラリーマンなので、必要以上の治療を行い高い医療費を取るインセンティブがない」と説明している。これに対しUCLA側は「患者の状態や必要とされる医療サービスのレベルが異なるなので一概に医療費が高いとは言えない」と反論している。だが調査機関側は必要以上の終末医療が行われたのではないか?と懐疑的だ。
話が少しそれたが終末医療に関して「患者自身や家族が望む以上の延命治療が行われそれが医療費の増加につながっている」ということは、医療先進国が抱える大きな問題だろう。
筆者は最後に「終末期こそ、自分の死生観を理解してくれるかかりつけ医が必要」で「信頼関係を築けるかかりつけ医をみつけることが、患者さんとしてもっとも重要な努めだと考えている」と結んでいる。
私は筆者の意見に賛成であるが敢えて蛇足を述べると「信頼関係を築くことができる医師を近所に見つけることは容易いことではない(少なくとも私の場合)」し、「死の間際にもぶれない死生観を確立することも簡単ではない」とも考えている。結局のところ良い終末を迎えるということは良い生き方の延長線上にしかないのかもしれない。