あるモノゴトに関する言葉の多さは、そのモノゴトに関する関心の高さと比例する。よく引き合いに出されるのは「英語は肉の種類や部分に関する語彙が豊富だが、日本語はそれらの語彙が少ない。一方日本語は出世魚に代表されるように魚に関する語彙が多いが、英語は少ない。これは英米人が肉を好み日本人が魚を好むからである」という話だ。
この論法を借りると英米人は大変解雇に関心が高いということができる。最近エコノミスト誌で英米の銀行・証券会社が従業員の解雇を続けているという記事を読んだ。内容よりも「解雇」に関する英語の表現の多様さに改めて驚いた次第だ。
解雇の一番一般的な表現はFireである。しかしこの言葉の発音は日本人には簡単ではない。ある日本人の上司が出来の悪いアメリカ人の部下を辞めさせようとして「ファイヤー!」と叫んだそうだが、周りのアメリカ人達にはHireと聞こえ、全くしまりのないことになったそうだ。蛇足ながらHireは「雇用する」だから、アメリカ人は首になるところが採用された訳だ。
Fireの代わりにSackという動詞も解雇を意味する。ただしインターネット上の英語辞書にはslang(俗語)とあったので気をつけて使う方が良いかもしれない。ネイティブでない人が得意がって俗語を使うことについて私は媚を売るような気持ち悪さを覚える。
エ誌はUBS、シティバンク、メリルリンチの3社がPink slipを送っているのは驚くにあたらないと述べる。Pink slipは給料袋に入っているピンク色の紙で「解雇通知」を意味するらしい。らしいというのは幸いにも私は現物を見たことがなく耳学問によった次第だからだ。
「仕事を減らす」ということではShed jobs という表現も一般的だ。人員削減にはBlood-lettingという表現が使われていた。All this blood-letting may reassure shareholders.(銀行・証券会社のすべての人員削減は株主に安心感を与える)
Blood-lettingは元々戦争や決闘における流血を意味したのだろうが、予算や人員の削減にも使われる。血を流すような痛々しさが伝わる表現だ。
ところでエ誌の資料によると、米国の金融界では2007年に15万人が職を失い(これは平時の3倍程度)、更に向こう2年で最大20万人が職を失う可能性があるということだ。
職がなくなるは200,000 jobs could go in American banksだ。Goには「消えてなくなる」という意味がある。ヘッドハンターによると米国の銀行員達は職を海外に求めているということだ。もっともエ誌は強烈な人員削減(Cut)は脂肪分のみならず筋肉もそぎ落としてしまい、収益力も落とすと警告を発している。
このあたりはバブルの後の日本の金融機関がコスト削減を急ぐ余り収益力を失ったことを他山の石とするべきなのだが、中々うまくいかないようだ。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」(ビスマルク)という格言どおりに行かない理由の一つとして私はアメリカ人が「首にする」ことが好きな人種ではないか?と考えている。少なくとも「解雇」に関する語彙の豊富さは「解雇」が人生の大きな関心事であることを示している。