「定年後」(楠木 新著 中公新書)のあとがきで著者はこう書いている。
「会社で働いていたときははツアー旅行やパック旅行だったと言えるかもしれない。目的地に行くのに会社がある程度お膳立てをしてくれる。もちろん社員の自由度がないわけではないが、基本は自己主張をせずに仲間に合わせている。・・・しかし定年後になっても平穏で波風が立たないパック旅行ばかり求めていては、何のために生きているのか分からなくなる」
この一文を読んで私はネパールにトレッキングに行った時会ったある日本人グループとドイツ人グループの違いのことを思い出した。
その日本人グループとはエベレスト街道の入り口ルクラで会った。それは大手旅行会社が企画するエベレストホテルツアーのグループだった。エベレストホテルは標高3,800mのナムチェバザールに建つ高級ホテルで、徒歩ではルクラから2日間かかる。だがそのグループはヘリコプターでルクラからナムチェバザールまで飛ぶ予定だということだった。費用はかかるがヘリコプターなら短時間で楽に(もっとも高度順化の問題はあるが)ホテルに入ることができる訳だ。あるツアー参加者は「一生に一度のことですから、多少の贅沢も良いでしょう」と言っていた。
それから10日ほど後、トレッキングの帰り道で退職者の集まりと思しきドイツ人グループと親しくなり、芝生の美しいロッジでビールを飲みながら雑談をした。彼らの中には既に何回かネパールに来ている人がいた。「ネパールは素晴らしい。滞在費用は安いので年金暮らしでも毎年のように旅行することができる。俺たちはできるだけ多く旅行できるように、一回の旅行費用はできるだけ抑えてBudgetな旅をしているのだ」と言う。
正確にはBudget(悪く言うとケチケチ、良く言うと賢い)という言葉を使っていたかどうか記憶はあいまいだが、彼の主旨がBudgetな旅行をしてできるだけ多く楽しみの機会を増やす、ということであったことは間違いない。
もちろん日本人の中にも豪華ツアーではなく、Budgetなトレッキングを行う人もいる。私たちの仲間もそのグループだ。ひょっとするとドイツ人の中にも豪華旅行組がいるかもしれない。しかし典型的には「日本人は日本人ガイド付きの豪華旅行を一生の記念に行い」「ドイツ人はケチケチ旅行を何回も行う」ことを目標にしているように思われる。
うがった見方をすると、これは退職後の海外旅行のスタイルだけではなく、働いてい時の余暇の過ごし方から違いがあるような気がする。ドイツ人は労働時間が少なく、しかも生産性が高く、有給休暇を目一杯とることで有名だ。有給休暇を目一杯とるのはドイツ人だけではない。恐らくほとんどの欧米人が有給休暇を目一杯とって遊んでいるはずだ。彼らは遊びの楽しさを知っているし、どうすれば安く長い休暇を過ごすことができるか?ということに長けているのだ。
会社というパック旅行に乗ってきた多くの日本人は残念ながら、長い休暇を安く過ごすことに長けていない。
長い休暇の過ごし方に慣れていないので、退職後という膨大な長い休暇を前にすると、立ちすくむ人がいるのではないだろうか?
パック旅行に較べて、自分たちでお膳立てして出かける自由な旅は、ハプニングや小さなトラブルに見舞われることが多い。だがハプニングや小さなトラブルからその土地や人々の本当の姿が見えることがある。自由な旅こそ本当の旅というべきである。
歳を取ってから見知らぬ土地に自由な旅に出かけるのは、多少勇気がいるし、気が重いと感じる人も多いだろう。
しかし会社や役所を退職すれば、旅に出なくても、未知の世界を自分の足で歩いていかなければならない。そこにはお膳立てしてくる会社や組織はない。ならば若い時からパック旅行ではない個人旅をしてみてはどうだろうか?
それはひょっとすると長い老後の過ごし方にヒントを与えてくれるだろうと私は考えている。