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金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
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組織が目的を超える時、破壊が起きる

2017年08月18日 | うんちく・小ネタ

今年の終戦記念日前後は北海道の山に入っていたのであまりテレビを見なかった。そんな中で里の宿屋に泊まった時、樺太で日本の無条件降伏後ソビエトと戦闘があったことを伝えた番組が印象に残った。

米英ソの戦後の利害関係を調整したヤルタの密約で南樺太の領有を認められたソビエト軍は8月15日以降樺太での南進を進め、真岡地区で多くの民間人の犠牲がでたという悲劇である。

テレビ番組では当時の日本軍がソビエト軍との停戦に積極的でなかったため、民間人の被害が拡大したという解釈を示していたと思う。ただしソビエト軍は北海道北部への侵攻も計画していたというから、樺太での日本軍の抵抗がなかったとするとソビエト軍が北海道北部まで押し寄せていた可能性はあるだろう。ものごとの歴史的評価は難しい。

ただしマクロ的に見ると私は「組織が組織本来の目的を忘れて、自己防衛や自己増殖に向かう時、その組織やその組織の上部組織まで破壊する」と考えている。

その例が日本軍だった。軍の本来の目的とは何か?それは国民の命と安全を守ることにあるはずだ。国土を守ることは大切だ。だが国土を守る意味はそこが国民の生活の場であるからだ。そこに暮らす国民の命を大量に失って国土を守る意味があるのだろうか?

日本軍は軍という組織を維持・増殖させるために戦争することを目的としてしまった。それが太平洋戦争の悲劇の最大の原因であろう。

本来戦争はある外交的・政治的目的を達成するために、相手国の戦意を喪失させ、自国の主張を貫徹させる手段である。手段である限り、他に有効な方法があれば血を流す戦闘行為は避けるべきである。しかし日本軍は本来の目的を見失い、戦闘することを目的としてしまったと私は考えている。なぜなら戦争を続けることが自分たちの組織を守り、国民から税金を収奪するお墨付きだったからである。

今日の官民の世界においても「組織が本来の目的を離れて、組織防衛を目的として動く」ことはしばしば観察されるところである。

おそらく程度の差こそあれ、組織が自己目的化する現象は普遍的な現象であろう。なぜなら組織は生き物であり生き物である限り、自己防衛や自己増殖の本能をもっているからだ。ただし国家というより大きな組織の下の軍という下部組織が自己増殖を図る時、国家は破綻するのである。

会社について考えると特定部門が全社的戦略を離れて自己増殖を図る時、会社は往々にして存亡の危機に瀕するのである。

組織統治とは、最上位(国・会社など)の組織体の目的遂行のために、下部組織の組織防衛行為をコントロールし、必要があればその下部組織を解体してしまうことが要なのだろう。言うは易くして行うは難しだが。

 

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苦しくて最後は楽しい羊蹄山登山

2017年08月18日 | 

8月15-16日に蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山(1,892.7m)に登った。羊蹄山は百名山の一つだが、あまり強く登りたいと思っていた山ではなかった。その理由は深田久弥の「日本百名山」の次の一文が頭の隅に残っていたことによるものだろう。

「おどろいたことには途中沢をなく水もなく、何の変化もない道をただひたすらに、富士山のように登るのである。それでも中途までは見晴らしが利いて慰めになったが、それから上は霧の中を一途な急坂で、登山というより、体操訓練の一種でしかなかった」

さて余市のゲストハウス余市を7時過ぎにレンタカーで出発し、途中のコンビニエンスストアで朝食を取り、8時半頃半月湖登山口に到着した。羊蹄山には幾つか登山ルートがあるが、一番ポピュラーな倶知安(比羅夫)コースはここからスタートする。

8月15日 8時45分登山開始。天候は曇のち晴。1合目までは緩い登りである。9時31分2合目到着。登山口から2合目までの標準コースタイムは1時間なので重荷(避難小屋で一泊するため食料・水を担いでいる)の割にはまずまずだと安心した。

しかしここから上はところどころ滑りやすい急な斜面の連続であまり眺望もない。気温は高くないが湿度が高いので汗をかく。8合目で昼食を食べたりしてのんびり歩いたので、9合目に到着したのは13時35分だった。登山口から4時間50分かかっている。標準的なコースタイムは4時間ー4時間20分(休憩時間なし)なので、休憩時間を差し引いても標準タイムより少し時間がかかっている。重荷とトムラウシ登山の疲れが残っているためだろう。

9合目に到着する頃は晴れてきて、倶知安の街並みが良く見えた。爽やかな風が吹き渡り気持ちが良い。こうなると現金なもので私はすっかり羊蹄山が好きになっていた。

トラバース道をたどって避難小屋に到着したのは13時43分だった。この日の避難小屋一番乗りだった。

避難小屋には夏の間管理人さんが常駐していて、整備は行き届いている。宿泊の協力金は1,000円だが妥当だと思う。

私はシュラフ・エアマットを持参したので、利用しなかったが寝袋(300円)毛布(200円)の貸出もある。羊蹄山は水場のない山だが、避難小屋では緊急用に天水を分けてくれる。ただしあくまでも緊急用なので水は運び込むべきだ。

小屋の前にはリンドウやチシマギキョウが咲き乱れている。時々顔を見せるシマリスの姿を見ながら持参の焼酎を飲んでのんびりした午後を過ごした。

8月16日 曇時々晴 午前3時前に朝食も食べずに避難小屋を出ていく人がいる。頂上でご来光を見る人たちだ。我々はもう少しゆっくりして5時21分に小屋をでた。気温は8度前後でひんやりしている。5時38分9合目分岐点。ここに荷物を置いて水筒・防寒着をもって頂上に向かった。火口の上にでた時ブロッケン現象をみた。過去にも1度見た経験はあるが写真撮影は今回が初めてだ。

6時22分 山頂到着

霧で視界が良くないので外輪山を一周せず往路を引き返した。7時8分9合目到着。

その下はあまり面白くない急な登山道が続いているが、我々は山頂付近でみたブロッケン現象の感動を抱いてスタスタと降っていった。

9時40分登山口到着。

私にとって羊蹄山は最初苦しくて最後は貴重な経験を与えてくれた楽しい山だった。深田久弥と真逆の印象を持ったのはまさに気象条件の違いとブロッケン現象を見ることができた故であろう。

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