惑星ダルの日常(goo版)

(森下一仁の近況です。タイトルをはじめ、ほとんどの写真は交差法で立体視できます)

人物眼

2011-09-23 21:04:42 | 本と雑誌
 草森紳一『記憶のちぎれ雲 我が半自伝』(本の雑誌社)は、草森さんが若くして編集者をしていた頃に出会った人たちの思い出をつづったエッセイ集。記憶の気まぐれさを口実に、筆が自在に進んでゆく文章の面白さと、人物眼の鋭さ、洞察の深さに唸らされる名著です。

 取り上げられている人物は、真鍋博、古山高麗雄、田中小実昌、中原淳一・葦原邦子、伊丹一三(十三)。
 「4人と1組」という数え方でいいかもしれませんが、伊丹一三(十三)の章では最初の奥さんだった川喜多和子さんにもかなりページが割かれているので、「3人と2組」の方がいいかもしれません。

 内容は、後者の数え方での2組の描き方が他の人たちを圧倒して凄い。
 いずれの人物像も草森さんが直接、会った時の印象をもとに深く刻まれていますが、中原淳一・葦原邦子と伊丹一三・川喜多和子、両夫妻の場合、カップル双方の性格や生き方を対比させ、個性の強い男女が一緒に暮らすことの困難さを見事に浮き彫りしています。

 もうひとつ、「お見事!」と思わされたのは、伊丹一三論の結末。
 編集者としてピンチに陥った草森さんへの助け舟として伊丹・川喜多夫妻は、新進女優だった加賀まりこを紹介してくれるのですが、その加賀さんご本人の登場の仕方がこの上なく鮮やか。そして、そこでストップモーションをかけるかのような幕切れには「恐れ入りました」というしかありませんでした。

 蛇足ながら、ちょっと前に読んだ虫明亜呂無『仮面の女と愛の輪廻』(清流出版)にも「深夜のボーリング場から――厳格主義者・伊丹十三」という伊丹さんを取り上げたポートレートがありますが、これは通り一遍の描き方に終わっていて、虫明さんの文章を愛する私としてはちょっと残念なものでした。