インドIT産業の行方は気になるところだ。というのはインドを代表するIT企業の一つ、 InfosysのADRに投資しているからだ。このADRの価格は昨年秋以来下落している。理由としては「ルピー高」と米国景気の減速懸念だと思っていた。インドIT企業の収入は大きな部分が米ドル建なので、ルピー高は減収につながる。ルピーは対米ドルで2006年の安値から既に16%上昇している。ルピー高は構造的変化だが米国景気の減速は循環的変化だから「まあ、しばらく様子を見ているか?」と思っていた。
ところが最近エコノミスト誌がインドのIT産業の構造的問題を論じた記事を読んだ。 そこにはインドIT産業に対する見方のみならず、新興国株式投資に関し、考慮すべきヒントが 幾つかあった。
まずエコノミスト誌は「一つの産業がこのように長く、急速な成長を続けることは稀である」という。 インドのIT産業は過去10年間30%近い成長率で拡大してきて、収入は500億ドル、インドのGDPの5.4%を占める。
教訓は「成長には頭打ちがある」という自明の理だろう。個人投資でも事業の上でも、我々は成長産業を追いかけるが、やがて成熟し衰退するということに思いをめぐらせるということだ。
アナリスト達はIT業界を代表するTata Consultancy、Infosys、Wiproは業界が成熟しているので、ビジネスモデルを変化させる必要があるという。具体的にいうと労働集約的なサービス業から、より知識集約的なコンサルタント業務にシフトする必要があるということだ。
エコノミスト誌はインドIT産業の「IT」という言葉は誤った呼び方だという。IT産業自体はIT的ではなく、労働集約的なのだ。
インドのIT業界160万人の従業員の大部分はコンピュータの前に座り、欧米企業のためにソフトウエアをプログラムし、彼等のコンピュータシステムを遠隔操作で管理している。しかしインドのIT産業の本質は人とプロセス(業務処理)である。インドIT産業の最大のイノベーションの一つは、知的人材の供給チェーンを作るという製造業のアイディアを拝借したことである。ソフトウエア開発に関して、国際水準を満たすインド企業の数は米国を上回っている。
では何が問題なのだろうか?エコノミスト誌が指摘するところは「ルピー高」「インフラ不備」「世界の他の地域における競争相手の出現」「技術革新」である。ルピー高は既に述べたのでインフラ不備を補足すると、InfosysなどIT産業のメッカ・バンガロール
では交通渋滞で通勤に4時間かかる。そこで業界に租税優遇措置があるが、これが2009年に終了する。IT業界の人材不足
と賃金上昇も問題で、上級職のサラリーはまもなく欧米レベルに到達しそうだ。
競争相手の出現に関しては、中欧が台頭している。規模においてインドの競争相手になることはないが、価値のある契約を取っている。IBMやアクセンチュアのような米系企業のインド現地法人もプレゼンスを高めている。
技術革新という点では、今インドのIT企業が提供しているシステム運営等のサービスの多くは自動化されるだろう。欧米企業は
ビジネス上の問題に新しいソリューションを提供することをインドIT企業に求めているが、これに応えうる企業は少ない。
もっともInfosysの場合、収入の4分の1はコンサルタント部門で得ているので、方向としては付加価値の高い分野を指向していることは間違いない。問題は速度である。
Infosysの株価がさえないのは、為替や米国の景気の問題だけではなく、ローコストを売り物にしたIT産業の構造的問題で
あることははっきりした。恐らくインドや中国等新興国の成長産業は同じ問題を抱えるだろう。勝ち続ける企業を見つけること
は難しい。