「老後への覚悟を持て」は村上龍が文藝春秋(2013年2月号)に寄稿した一文である。共感するところがあったのでポイントを引用した。以下「ですます調」を「だ」調に短縮した以外ほぼ原文の引用(赤字部分)
【2対6対2の法則】
ビジネスの現場には「2対6対2」の法則がある。企業の場合優秀な2割が多くの利潤を生み出し、6割がそれを支えルーティンワークをこなし、2割のお荷物が存在するという法則。
この比率が中高年の経済状態にもあてはまる。悠々自適の老後を送れるのは2割で、お金の心配をしながら老後を送らなければいけない中間層が6割、ボトムの貧困層が2割。
・・・・でもテレビも新聞も雑誌も、そういう格差が中高年の間に存在することを直視していないように思えて仕方がなかった。
【庇護社会の崩壊】
高度成長期までの日本社会の中心にあったのは「庇護」が連鎖する構造。ところがバブル崩壊後、二十年間続く不況のもとで、庇護を軸とした社会関係は壊れていった。
丸山眞男は「日本人も個に目覚めなくてはいけない」という言葉で(個人が)哲学的に武装することを提起した。しかし、いまの中高年はそのような形で個を覚醒するのではなく、それまで自分を庇護してくれていた社会的な盾を、無理やり引き剥がされるようにして、最悪の形で個をあらわにされてしまう。
【消えつつある普通という概念】
庇護と従属の関係とともに消えつつあるのは「普通」という概念。いま「普通の中高年」とか「普通の老後」という言葉は成り立つか、やはりこれも成り立たない。
【新しい人生と出会う瞬間】
「庇護する」「庇護される」に代わる関係は「信頼する」「信頼される」関係。しかし日本社会には「信頼とは何か」という共通認識もない。僕(村上龍)は信頼についてこう考える。僕は信頼を維持しようという友人には無理な頼みはしない。読者との信頼関係を維持するには「いい小説」を書くことに尽きる。
定年後には信頼できる友人がいた方がいい。中高年一人一人にとっては、日本がよくなるかならないか、ということは大した問題ではない。日本がよくなると、つられて自分もよくなるわけではないし、自分がいまダメなのは、日本がダメだからではない。
悠々自適層も中間層も困窮層の人も、自分がどう生きていくかは自分で考え、生き延びなきゃいけない時代なのだ。
以下私のコメント。
「自分がどう生きていくかを自分で考えなければいけない」ということは、人間が「考える」力を持って以来の宿命だ。「自分でどう生きたいか?」を考えないまま一生を送ると恐らく死が近づくにつれて強い虚しさに襲われるだろう、と私は考えている。だから「どう生きようか」と考えるのである。
だが一昔前であれば老後「どういきようか」と考える必要は余りなかったのではないか?と私は考えている。理由は幾つかある。まず平均寿命が短かった。定年後の「老後」という時期が短かった。考える暇もなくお迎えが来た(これはかなり昔の話か?)。核家族化や核分裂家族現象以前で、老後は孫と遊ぶ程度で楽しく過ごすことができたが、非婚化や少子化でそのような機会が減った。経済成長が社会インフラの充実や高福祉という形で高齢者にも還元されたが今や期待する術もない・・・・・などなど。
長寿化はソクラテスの時代から永遠の課題である「よく生きるとはどういうことか」ということを総ての人に考えさせる。
村上龍はそれを「庇護・被庇護」の関係を脱却し「信頼関係」に出会うことだ、と考える。
私も同感する。庇護・被庇護の関係は山登りでいうと、先生に引率された幼稚園か小学校低学年の遠足登山の世界だ。生徒は先生にお任せだ。信頼関係の登山とは一人一人の大人が自分の役割を担って参加する大人の登山だ。むろん経験や技量によって担う役割は違う。リーダーの役割は大きい。役割の大きさつまりaccountability の大きさは人によって異なる。だが一人一人が担う役割を責任を持ってこなさなければいけないというresponsibilityの重さは同じだ。このような信頼関係を維持するには、本人の努力(例えばパーティの足を引っ張らないように日頃トレーニングをするなど)が必要だ。
「老後の覚悟を持て」というと大変なことのように聞こえるが、その第一歩は「自分のことは自分でする」「そのために体力と知力のレベルを維持するためのトレーニングを行う」ことなのだろう、と私は考えている。そのような人が「信頼される」人の必要条件である。十分条件ではないにしろ、である。