先週金曜日(9月4日)一般社団法人 日本相続学会のセミナーで中日新聞の白井記者の「新聞記者から見た相続問題」をいう講演を聞いた。
白井記者からは冒頭で「相続問題は新聞記事になり難い」という話があった。
「記事になり難い」理由として同記者は次のことをあげていた。
- 相続問題は生活部記者が書くことが多いが、生活部は介護・医療・家計等の部門別担当制になっているが、相続問題の担当記者はいない。
- 記者クラブ所属の記者は、自治体や大企業の発表資料をもとにして、記事を書くことが多いが、相続問題を扱う記者クラブはない。
- 相続トラブルの実例を生々しく描写できればいいが、実例をなかなか見つけることができない。
なお白井記者は約1年前から中日新聞で「よーく考えよう相続」というシリーズ記事を書いたところ、「肉親などへの憎しみにあふれた相続トラブルを綿々と訴える手紙」が何通も来るという意外な反響があった、と述べていた。
まずどのような話題が新聞記事やブログなどで人気を博するか?ということを考えてみた。
【出来事・事件の異常性】
「犬が人を噛んでもニュースにはならないが人が犬を噛んだらニュースになる」という諺がある。人が犬を噛むということは異常だからニュースになるのだ。しかし犬が人を噛み殺したら、ニュースになるだろう。それは異常なことだからだ。
単なる夫婦喧嘩では新聞記事にはならない。しかし夫婦喧嘩の結果殺人事件にまで発展すると記事になる。もっとも理由は何であれ殺人事件は記事になる。それは異常なことだからだ。
【有名人・著名人の出来事】
一般人の夫婦喧嘩や離婚の話はそれだけでは記事にならない。しかし話が有名人・著名人になると記事になる。相続争いも然りだ。これは一般人の中に有名人・著名人に対する潜在的な「やっかみ」があり、有名人・著名人が不幸な目に遭ったニュースを見ることで溜飲を下げるからである。
【悪者がはっきりしている話】
加害者・被害者がはっきりしている話は、話題に取り上げやすい。特に国や大企業等が加害者=悪者になっている(と思われる)場合は話題に取り上げやすい。良く言えば読者の正義感を鼓舞するといえるし、下世話にいうと、読者の溜飲を下げる効果があるからだ。
【シロクロがはっきりして、誰でもそれなりの意見が言える話】
複雑な経済問題や制度問題には、シロクロがはっきりしないものが多い。また何かを述べようと思うと、かなり勉強しないと意見を述べることができない案件もある。しかしこのような話題は長続きする記事にはならない。読者が飽きてしまうからだ。
以上のような切り口から見ると「相続が記事になり難い」ことが一層良く分るはずだ。
相続争いは増加しているが、殺人事件にまで発展するケースはあまり聞かない。つまり異常性が乏しい。
相続争いは、世間一般の争い事同様、必ずしも「悪者」がはっきりしていると言えない場合が多い。むしろ双方に相応の言い分がある場合が多いと考えてよいだろう。
相続争いで是非を判断するには、判例等に関するそれなりの知識が必要だ。だから誰でもが思いつきで意見を述べる訳にはいかない。
ということで「相続争い」は記事になり難いのだが、「相続税」問題は時々記事になったり、スポンサー付の特集が組まれることが多い。これは「相続税」問題が、スポンサーである銀行・証券・生命保険会社・不動産会社等にとってビジネスチャンスの切り口になるからだ。
相続により1年間に動く財産額は50兆円程度と推測される。仮に1件の相続財産を5千万円として、年間百万人の人が死亡する(実際はもう少し多い)とすれば、50兆円になるからこれは現実的な数字だ。50兆円という市場は巨大だから、金融機関は争ってセミナーを行い、囲い込みを図る。
そこで対象となるのは富裕層だ。手間暇を考えると一件あたりの相続財産が大きい顧客を囲い込む方が良いに決まっている。そして囲い込んだ顧客には、相続税対策や遺言書などによる相続争い回避策が伝授されるという仕組みだ。
だから「相続争いは富裕層よりもそれ以下の層で起こりやすい」という見方もある程度説得力がある。
ところで、公平な見方をすれば、「相続争い」は社会的にみて、どれほど重要な問題なのだろうか?
相続争いによる調停件数は年間約1万5千件だ。
これに較べて年間の自殺者の数は低下傾向にあるとはいえ、年間3万人弱。世界的にみて日本は自殺率の高い国だ。
警察が受理する年間の行方不明者数は8万人を超える。
人の命に関わるクリティカルな問題に較べると、滅多に命まで取られることはない相続争い問題は「記事になり難い」のかもしれないと思う。
では多くのマスコミが自殺や行方不明者の問題をどれ程真剣に取り上げているか?というとこれまた問題かもしれない。
もし自殺や行方不明が「日常的な出来事」とになり、ニュース性を失ったとすれば、それは中々恐ろしい問題だと思うのだが・・・