WSJに「ウクライナ軍の現場に権限を委ねた指揮命令系統と軽快な動きがトップダウン型で鈍重なロシア軍を翻弄している」という趣旨の記事がでていた。
記事が注目しているのは、ウクライナの東部戦線と南部戦線の連係プレーだった。ウクライナの反撃を印象付けるのは、先月初めの東部ハリコフ州での領土奪回だった。しかし記事によるとその前にウクライナは南部のヘルソンへの攻撃を電信で伝えていてそれをしったロシア軍は数千名の優秀な部隊を東部から南部に
移動した。そこでウクライナは手薄になったハリコフに奇襲攻撃をかけてロシアに占領されていた領土を大きく取り戻したということだ。
ロシア軍が大量の砲弾を一面にばら撒くような攻撃を仕掛けるのに対して、ウクライナ軍はハイマースのようなピンポイント攻撃型ミサイルを使って、ロシアの戦略拠点を機動的に攻撃している訳だ。
機動的な攻撃は、ウクライナ軍が現場の下級将校にその場その場の判断で敵の弱点をつかみ素早く攻撃することを推奨しているから可能になったということができる。
この話を読むと戊辰戦争の始まりとなった鳥羽伏見の戦いで3倍の兵力を持つ幕府軍が薩長軍に惨敗したことを思い出す。一般に幕府軍は古い火縄銃が多く薩長の新式銃に対抗できなかったという見方多い。しかし幕府軍に最新式の銃やそれを扱う訓練を受けた幕府軍歩兵がいたが指揮官が悪く活用できなかったということも敗北の原因に加えるべきだろう。
また薩長軍とくに長州軍は、兵学者大村益次郎仕込みの散兵戦に慣れていたことも大きい。散兵戦とは歩兵が密集するのではなく、横に分散して機動的に相手を攻撃する陣形だ。散兵戦を行うには各兵士の高いモラールと判断力が必要となる。
迅速で機動的な動きが、的確な現場の判断に左右されるとすれば、上意下達型の体制をとっている国や軍隊には難しいということができるのだろう。
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