台風26号接近中。
仕事に追われていることもあり、今日は家から一歩も出ませんでした。夕方には雨戸もぴしゃりと閉めて、台風を迎え撃つ構え。
本当はそれてくれて、備えが無駄になるのがいちばんなのですが。
風野春樹『島田清次郎 誰にも愛されなかった男』(本の雑誌社)は、大正時代、圧倒的な人気を博しながら、文学史には名を残せなかった不幸な作家の評伝。素材が特異で、実におもしろい。
この作家の作品を、私は読んだことがありません。『地上』が大変な売り上げを示したこと、狂人となって若死にしたこと、杉森久英が『天才と狂人の間』という島田の評伝を書いたこと、彼の名を冠した「島清恋愛文学賞」が存在すること――これが知識のすべてといっていいでしょう。
その作家のことを、著者は、森田信吾の伝記マンガ『栄光なき天才たち』によって知り、興味をもったとか。忘れられた天才の1人として取り上げられていたそうです。
実は、著者の風野さんは私の若い友人でもあります。読書好きの精神科医。書評やエッセイも書かれます。
彼の好きな本というのが、ちょっと風変わりかもしれない。まあ、私の知り合いなので、SFが好きというのは察しがつくかもしれません。ただ、SFの中にもオーソドックスなものと、そうでないものとがあり、風野さんの趣味範囲は両者にまたがっているのですね。いってみれば「変なもの」をも面白がれる才能をもっている。
そんな風野さんだからこそ、島田清次郎が書いた諸作を、既成の価値観に曇らされた目でなく、当時、熱狂した青少年の心情をも汲み取りながら読み、紹介することができたのだと思います。
晩年の島田は、風野さんの目から見ても精神病を患っていたようです。しかし、実際に発病する前から、文壇は彼の奇矯な言動をあげつらい「狂人」としてまともに扱おうとしなかった。その一方、彼の書く本の売り上げは圧倒的だった。
そういった事情を評して、風野さんは「『地上』のベストセラーは、日本文学史上初めて、若者の感性が文学界を動かした事件だったのである」といいます。
文壇が確固たるものとして存在し、文学の覇権を握っている状況のもとで、島田清次郎は弾き出されてしまったのでしょうか。
その間の事情を、著者は島田の言動を丁寧に追うことで、周囲から嫌われざるを得なかったことも描きだします。そして、それが彼の性格だけでなく、不幸な生い立ちや、若くして成功したことなどからきているのではないかと示唆し、温かく理解しようとしているのです。
こういう人だからこそ、精神科のお医者さんがつとまるのだろうし、こういう人がお医者さんであってくれて良かったと思います。
確かに、若き日の島田のような人物は、私の身近なところにもいたんだよなあ。
というか、少年から青年へと成長する過程では、誰しもこうした一面はあるのかもしれない。
人間というものを理解する上でも参考になる1冊です。