日本では昨今外資や大手銀行のみなならず、地銀もプライベートバンキング業務に力を入れているという記事が日経新聞に出ていた。プライベートバンキング業務は世界的にも花盛りの様だ。昨日のエコノミスト誌は次の様に報じている。
- スイスのUBS銀行は、8月15日に第2四半期の利益をほぼ倍増させたと報じた。利益面で世界一のプライベートバンクであるUBSはこの四半期に252億ドルの新しい資金を富裕層から取り込んだ。これは年率換算すると12%の成長率。もう一つのスイスの銀行スイス銀行もプライベートバンク部門で記録的な資金の取り込みと中東、シンガポールでのビジネス拡大を報じている。
- 大騒ぎの裏には富裕者の数が増加していることが挙げられる。コンサルタントのキャプゲミニ社とメリルリンチが発行している世界富裕層レポートによれば、1百万ドル以上の金融資産を持つ「富裕層」=High net-worthの数は過去5年間で2割増加している。(添付グラフを読むと2000年の富裕者数は7百万人強で2005年には8.5百万人強になっている)
- 多くの新富裕者は中国、インド、中東、アメリカ大陸等新興経済で発生している。彼等は相続によるよりは、自ら富を稼いだものである。彼等が自分の金を取り扱う遣り方は企業家的なものである。彼等は金を債券や不動産に寝かせておくよりも、より積極的に運用されることを好む。そこで彼等はヘッジファンドやプライベートエクイティからデリバティブや通貨に至る新しく(そして変動性の高い)一連の投資対象に面している。
- 積極運用を求める資産が増えるということは、銀行にとって安定した反復的な手数料が増加することを意味する。これこそ株主が欲しがっているものだ。ベア・スターンズによればプライベートバンキング部門は金融サービスの中で最も成長率が高い分野で、2002年から2005年にかけて年率24%の成長振りだった。
- 予想できることだが、大手銀行は規模が助ける、つまり彼等は多くの商品群とともに、世界中を動き回る顧客の世話をするネットワークを提供することができると主張する。しかしボストン・コンサルティングのホリー氏は「恐らく規模の利益は誇張されすぎている」と考えている。今日総てのプライベートバンクは”オープンアーキテクチャモデル”で運営されている。これは理論的にはプライベートバンクは「顧客の資金を~それが自社商品であろうが競争先の商品であろうが~手に入る最良の資産に投資する」ということを意味するからだ。
- 規模の利益がどうあれ、業界の合併・統合は避けられない。ベア・スターズによれば、上位10銀行は市場の5分の1以下のシェアしかもっていない。スイスだけで350ものプライベートバンクがあるが、あるスイスのプライベートバンク・ブティックによると、2年以内に多くの合併や買収が起こるという。
- 規模拡大のコツは、大きくなっても如何にヒューマンタッチを失わないようにするかということだ。プライベートバンキングの技術は単に顧客の好きな孫の名前を覚えていることだけではない。金融面の洗練さが重要になっている。例えばキャプゲミニ社とメリルリンチのレポートによれば、代替投資は2002年には総資産の1割以下を占めたに過ぎないが、2005年には2割を占めるようになっている。代替は債券や不動産投資からの振替で伸びている。
- 新しい投資手法が富のリスク分散を助けるかどうかということは未解決の問題である。(5,6月の株式相場下落時にはリスク分散にならなかった。全体としてヘッジファンドのパフォーマンスは悪かった)しかし銀行はプライベートバンキング業務に賭けている。それは資産運用報酬に加えて時としてトレーディング報酬も期待できるからである。
- しかし資金は一方向に流れるとは限らない。将来には一部曇りも見える。欧州連合内の税制調整の結果、富裕層はスイスの銀行からオンショアに資金を移動させるとゴールドマンザックスは考えている。このことは銀行の秘匿性は過去ほど重要でなくなっていることを示唆している。
- 最後により大きな危険は、業界が自己の成功により犠牲になるということだ。プライベートバンク業務が儲かるということで、参入者が増え利潤が下がるということだ。既にシンガポールやドバイという新興拠点が手数料を侵食し始めている。
- 一方業界が成長することで、そして秘匿性よりも金融面の洗練されたゲームという様相が強くなることで、業界の社会的地位は向上するだろう。金持ちが寄り金持ちになるように優秀なプライベートバンクもまたよりよくなるだろう。
この話を踏まえて、私が日本の銀行が行なうプライベートバンキング業務に望むことは次の点だ。
- 一番目は顧客に対する「忠実義務の履行」。つまり顧客の利益のためだけに資産運用を行なうということだ。たとえば自社商品でなくとも、顧客の利益になるものであれば、これに投資するというのが忠実義務だ。例えばパッシブ運用を行なう時、自社が販売しているインデックス投信よりも運用報酬や販売手数料が安い上場型投信を顧客に販売できるかどうかなどが簡単な試金石になる。
- 次はプライベートバンカーとして「洗練された人材」に長く顧客を担当させることができるかどうかだ?「洗練された」という言葉はSophisticateという英語と対応しているが、Sophisticateの方がカバーする範囲が広くてかつピンと来る。つまりSophisticateの中には教養人だとかやや悪い意味では世慣れたなどという意味があるが、それらを含めてプライベートバンカーを特徴付ける時中々良い言葉なのだ。別の観点から言えば金のこと以外に話のできることが沢山ある人間が洗練された人間なのだが、その様な人材を日本の銀行はどれだけ抱えているだろうか?
- 日本の金融機関のやや馬鹿げた特徴である短期間の転勤とか担当替えなどというのもプライベートバンキングには馴染まない。プライベートバンクだけでなく、コマーシャルバンク業務においてもリスク管理の観点で行なう担当替えなどというものは欧米では存在しないのだ。
- 少なくとも以上の様な点位は改善しないと日本の金融機関は日本国内の富裕層すら十分に取り込めないで、貴重な顧客を欧米系に失われることになる。心ある金融機関の経営者にまともな対応をお願いしたいものである。