先週木曜日(7月25日)に相続学会で原口総合法律事務所の原口所長による「国境を跨ぐ相続」というセミナーを行った。毎月学会で行なっているセミナーは技術的な話とモノの見方に関する人生論的な話の二つに分かれるが、原口弁護士の話は日本人が英国に保有する預金と不動産の相続に関わる技術的な話であった。英国の法制度の違いと相続に関する実戦的対策、というところはもちろん充実していて参考になるところ大だったが、英米の弁護士と日本の弁護士の違いなどが垣間見えて社会論としても興味深い内容だった。
まず本筋に関する原口弁護士の話をまとめると次のようなことになる。
1)日本人と英米人の交流、国際結婚、離婚、相続は日常的に多数発生している。国境を跨ぐ相続が生じた場合、不動産と動産(預金)は法律上、異なった取り扱いを受ける。とりわけ、不動産の所在地が英国ないし英国の旧植民地(米、カナダ、オーストラリア、香港、シンガポール、インドなど)に存在する場合は、その国の法律に従ってしか相続財産の分配を受けることができないので、専門家のアドバイスが必要である。
2)我が国の国際私法(通則法)は「相続は被相続人の本国法による」と規定している。一方英国の国際私法(抵触法)では、相続財産の内動産の(無遺言)相続の準拠法は被相続人の死亡時の住所地(domicile)によるとされるが、不動産の(無遺言)相続の準拠法は不動産の所在地法によるとされる。従って日本法でも英国法でも動産に関しては、実務的な取り扱いが異なることは少ないと思われるが、不動産については取り扱いが異なる。英国法では遺産は遺言執行者(無遺言相続の場合は裁判所が選任する選定管理人)が管理し、債務を弁済した後の残余財産だけが相続人に分配される。実務的には英国にある不動産の相続は英国法に従って行われると判断される。
3)従って英国法の国々に財産(特に不動産)を所有する場合は、国毎に遺言書を作成しておく方が良い。
さて本筋からは少し外れるが面白かった話は英国では「誰でも(弁護士の資格がなくても)弁護士的な仕事ができる」という話だった。また聴講者の中のある会計士さんからは「英国では日本の税理士法に該当する法律がないので、誰でも税務相談やコンサルができる」という補足説明があった。学会セミナーの聴講者の中には「士(サムライ)業」の人が多かったので、「自分たちは日本で仕事をしていて良かった」とホッとされた人もいただろう。
またニューヨーク州の弁護士資格を持つ原口弁護士からは「ニューヨーク州の弁護士資格は六大学の卒業生ほどの実力があれば誰でも取得できる」という話もあった。
日本では法曹界が司法試験合格者を増やすために試験のハードルを下げることに反対しているが、これは英米の実態とは逆の動きである。司法試験のハードルを下げないという法曹界の主張はギルドの参入障壁を高くして、新規参入者の侵入を防いでいると批判されているのである。
小泉内閣の時司法制度の改革の一貫として裁判員制度が導入された。次の規制改革は司法試験のハードルを下げることだと私は思うのだがいかがなものだろうか?
「国境を跨ぐ相続」など国際化した法律事案では、国内の法律の一言一言をまる覚えする暗記力よりも、柔軟な発想力や幅広い情報収集能力などが重要と思われる。事案のグローバル化に対応できる法曹人を作るような試験制度が望まれると私は考えている。そのためには沢山卵を産んで、強い個体を選ぶ方が良いのではないだろうか?