昨日(12月1日)の午前11時過ぎに富士山山頂付近で滑落事故があり、二人が亡くなったと報じられている。実はほぼ同じ時期に私の大学山岳会の仲間が富士登山(ただし遭難現場とは反対側の吉田口から)を行っていたので、ニュースを聞いた時はドキッとした。
仲間が富士登山に出かけた理由は昨年の同じ時期に富士山で滑落死した仲間の慰霊登山であった。亡くなった山の仲間(少し先輩)はヒマラヤ初登頂の経験もあるベテラン。ニュースによると今回の滑落事故で亡くなった人も山のベテランだったそうだ。
そういったベテランでも滑落する危険性があるのが冬の富士山である。その理由はなにか?
一つは風。強風しかも時として方向の定まらない突風が吹くことだ。強い風が吹くと登山者は歩けなくなり、氷雪面にピッケルを刺し、アイゼンの爪を食い込ませて耐風姿勢を取る。そして風が少しおさまるのを待つのだ。だが独立峰の富士山では風は一定方向に吹くとは限らない。突然今までとは反対の方向から風が吹くことがある。そうすると登山者はカウンターパンチを食らって飛ばされる場合がある。
もう一つはコンティニュアス登攀の難しさである。今回遭難した人はザイルで体を結び合っていたというから、コンティニュアス登攀(隔時登攀)を行っていた可能性が高い。ザイルを使って確保する場合、確保者が岩や雪面で足場を固めてかつ自分をハーケンなどで岩場と結びつける(セルフビレイという)隔時登攀(スタカット)という方法とザイルで結びあった全員が同時に登降する連続登攀(コンティニュアス)という方法がある。隔時登攀は安全だが時間がかかる。富士山のようなところでは時間がかかるということは危険につながる。したがって隔時登攀で登っていた可能性が高いと思うのだが、烈風吹きすさび、アイゼンやピッケルの刃先が数ミリしか刺さらないような冬富士で隔時登攀で滑落した人を止めるということは、至難の技だと私は思っている。私も若い時は富士山でアイゼン合宿を行い、スリップした時のピッケルによる滑落停止やコンティニュアス登攀による確保練習をしたことがあるが、止めることができたのは本当に条件が良い時だけであった。
少し前にネパールに行った時、エベレストの8千メートル近くまで登ったことがあるという若いシェルパと昼飯を食う機会があった。そのシェルパの青年は夏は日本に来て八ヶ岳の山小屋でアルバイトをしているそうだ。その彼がお世辞かどうかは知らないが「日本の冬山の方がヒマラヤの高い山より難しくて危険です」と言っていたことを思い出す。
日本の冬山の気象条件が厳しいのは、ヒマラヤを越えてくる冷たい風が日本海を渡る時湿った空気を含み、大量の雪を降らせるからである。
日本の冬山は世界的に見ても大変厳しい山なのである。遭難された方のご冥福をお祈りする。