元厚労省官僚の香取照幸氏著の「教養としての社会保障」(東洋経済新報社1,600円 Kindle版)を読んだ。表紙には「年金を改革し介護保険をつくった元厚労官僚による憂国の書、書下ろし」とある。
読み始めた時の最初の印象は「お役人の中にはしっかりした考え方をもって世の中の制度設計に取り組んでいる人がいるんだ」ということ。こんな素人っぽい印象を述べると「何を言っているんですか!日本の経済成長を支えてきたのは官僚ですよ」とお叱りを受けるかもしれない。しかし昨今マスコミでは官僚の方についてあまり良いニュースが流れないので、つい的外れな印象を持ってしまったようだ。
この本は読みやすい。なぜ読みやすいか?というと「筋が通っていてブレが少ない」からである。
ではその「通っている筋」とは何か?
それは「現代社会において何故社会保障が必要なのか?」「日本の社会保障にはどのような視点が欠けているのか?」「日本の社会保障はどこから改革していくべきなのか?」ということである。
香取氏の主張を私なりに整理してみた。
- 低成長時代に求められる社会保障の機能は、経済成長に貢献することである。経済と社会保障を対立的に考えないことだ。
- 人口減少が進む日本では、知識産業社会への転換を図る必要がある。そのためには知的労働を担う人材を養成する必要がある。
- 雇用対策は「失業防止型」から北欧型の「職業訓練・能力開発型」に転換するべきである。
- 非正規雇用労働者にも正規雇用労働者と同様、社会保険(健康保険と厚生年金)に加入する仕組みを作るべきである。
もう少し分かりやすく私の言葉を交えて、ストーリーを展開しよう。
日本が高度成長を享受できた背景には少子化政策を取って、教育・育児への投資を抑え、資金を産業投資に傾斜したことがある。
しかし少子化政策は少子高齢化を招き、人口減少は経済成長を鈍化させるとともに、国民総生産に占める社会保障費のウエイトを押し上げ、税収で賄えない公的支出は国債という形で次世代に付け回されている。この負の連環を止めるには、労働生産性を高めるため、知識産業社会への転換や女性や高齢者の労働市場への参加を拡大する必要があり、社会保障政策はこれらの目的と整合的である必要がある。
雇用政策については、景気循環をベースにした「雇用調整助成金」型から「職業訓練・能力開発」型に転換し、成長産業への人材供給を可能にするべきである。
全雇用者の34%を占める非正規雇用を「持続的な雇用形態」(私の言葉)と捉え、正規雇用者と同じ社会保険への加入を促進するべきである。
香取氏の主張のベースには「社会保障というセーフティネットがあるから、人々は自分の能力や可能性を最大限に発揮しようして挑戦する(失敗してもネットで救われ再挑戦できるから)」「その挑戦がアメリカや北欧の経済成長を支えた」「社会保障とはこのような『自助』から発生するリスクを共同化することで分散する仕組みである」という考え方がある。
なおこの本のカバーする分野は「介護」等多方面にわたるが、とりあえず私の関心が高い経済成長と社会保障の関わりに関する感想を述べた。一読をお勧めしたい本である。