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金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

山梨の千円ワイン、味はイマイチ

2006年04月23日 | 酒・ワイン

昨日勝沼のシャトー勝沼で1,000円ワインを買った話はブログに書いた。昨日の夕食は手巻き寿司にして、買ってきた白ワインを飲んだが、とっても水っぽかった。普通白ワインといっても少し黄色い色をしているが、このワイン(品名ワインズヒル)は無色透明だった。

帰国子女の娘に「水っぽい」って英語でなんて言う?と聞くと、wateryという答が返ってきた。そう、このワインまさにwateryである。高価なワインはいざ知らす1,000円程度のワインは甲州産よりもチリの方が美味の様だ。

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田無の自然

2006年04月23日 | うんちく・小ネタ

「青梅街道の近くで屋敷林のような林が見えて写真になるかも・・・」とワイフが言うので、今朝(日曜日の朝)カメラを持って自転車で出かけてみた。

Yasikibayasi なるほど瓦屋根の大きな家の周りにハナミズキの花が咲き、田園のような風景がある。標準レンズで撮ると手前のフェンスなどが写るので、望遠レンズを使ったが「怪しい奴だ」と思われなかったろうか?

カメラを出したついでに自宅の庭の草花を写真に撮る。

最初は花ニラ、少し盛りを過ぎたかもしれない。

P4231159

マクロレンズを使い、絞り値6.3で撮ってみた。適度なボケが良い思っている。

次が十二単、この花は中々見たとおりの色が出ない。ひょっとすると私のカメラ(オリンパス)が不得意とする色調なのかもしれない。

Murasakisikibu_1

少しフォトショップで色調を調整したが、これでも写真(真を写す)と言って良いのだろうか?

稚児ユリ、これは自然体で良い写真が撮れた。ただし花は盛りを過ぎている様だ。

Chigoyiri

Hiyodori4

最後が二輪草。こちらも花はやや盛りを過ぎつつある。これらの草花はワイフが仕事先の同僚から貰って育てているものだ。ワイフの趣味に共感することは夫婦円満の秘訣である。ゴールデンウイークに山登りでしばらく家を空けるので、ちょっと気を遣ってみた。

しかし小まめに見て歩くと、田無辺りでも自然は多い。この前夜にタクシーで帰宅したら、黒い影が車の前を走った。運転士さんはタヌキだと言う。23区内でもタヌキがいる屋敷林が残っているそうだから、田無にタヌキがいても何の不思議はないが、タヌキがいる町なんてとっても豊かな感じがする。

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桃を見に山梨へ

2006年04月22日 | 旅行記

土曜日(4月23日)の朝天気が良いので、ワイフと勝沼の方まで桃を見に出かける。一番の楽しみは雪を被った南アルプスと桃のコントラストを写真に撮ることなのだが、うまく行くだろうか?

道路はあまり渋滞もなく、2時間程で御坂一宮ICに到着。最初インターネットで検討をつけておいた桃源郷公園を探すが、見つからない。農家の庭先で老夫婦に聞くと「桃は里ではもう終わりだけーゴルフ場の方へ行くとええ」などと言われて、うろうろするが余りよい撮影場所はない。結局勝沼に少し戻ったところに「見晴らし園」というフルーツ農場+おみやげやさんがあったので、ここの庭先からももと南アルプスの写真を撮る。白根三山や悪沢岳がべっとりと雪を付けている。甲斐駒ケ岳はさすがに黒々としている。

Momotokaikoma2 写真はももと甲斐駒ケ岳だ。フィルム換算400mmの望遠レンズを使ったが、中々山は鮮明に撮れない。見晴らし園のお店の人が言うには桃の盛りは4月10日頃らしい。

この後塩山の慈雲寺に向かう。見晴らし園から30分程度だろう。

Itozakura_2

このお寺は写真のイトザクラで有名である。(今朝調べたばかりなのだが)桜は天然記念物とのこと。花の季節はさぞ拝観客た多いことだろう。

慈雲寺は暦応年間(1337-1342年)に夢想疎石に開創したと立て札にあった。

今は拝観客が少ないがお寺の前の桃畑からは、南アルプスの白根三山がきれいに見える。

Momotosiranesannzan 桃と雪山の取り合わせも悪くはないが、本筋は桜と雪山なのだろう。ただし桜の時期は山スキーにいくことが多く中々写真を物にしにくい。

昼食は勝沼インターに近いシャトー勝沼でランチを食べる。ここのランチは1,300円と2,000円の2種類で、お肉か魚またはパスタなどを選択する。私は1,300円のランチで魚(まとう鯛のソテー)を選んだ。中々美味である。スープ、コーヒーとデザートがついてこの値段は安いと思う。お店の雰囲気も落ち着いているので、この界隈では推薦できるお店だ。因みにレストランは2階で1階はワイン売り場になっている。

Shattokatunuma

手頃なワインを2本買ったが、味の方は今日の夕食の楽しみにしよう。

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女性に優しい社会が強い

2006年04月20日 | 社会・経済

エコノミスト誌が「女性経済へのガイド」という記事を載せていた。女性経済という言葉はエコノミスト誌のWomenomicsを直訳したものだ。Womenomicsはエコノミスト誌の造語だろうと思ったが(当然辞書には出ていない)、英語の検索エンジン(ヤフー)で検索してみるとなんと約10万件のサイトがあることが分かった。一方日本語の検索エンジンで「ウーマノミックス」と検索してみるとたった1件のサイトしかなかった。「女性経済」で検索してみるとこちらは約500件のサイトがあった。しかし10万件対5百件、なんとも日本人の女性経済に対する関心は低いものだ。

エコノミスト誌の記事はA4版4枚にわたる少し長いものなのでポイントだけ紹介しよう。

  • 先進国では今や女性の方が、学校の成績が良く、大部分の国では大学卒業者の中で女性が占める割合が高い。(米国では男子100人の卒業生に対して女子140人、スウェーデンでは100:150、日本は100:90である) 議論のあるところだが、女性は最もパワフルな世界の成長エンジンである。
  • 1920年頃の米国の従業員構成は男性8割、女性2割であったが、2005年にはほぼ拮抗するところまで女性の比率が高まっている。先進国で女性の就業者が増えた理由は、伝統的に男性の仕事であった2次産業の仕事が減り、サービス産業の仕事が増えたことにある。
  • 発展途上国でもまたより多くの女性が就業している。東アジアの新興国では、男性労働者100人に対して83人の女性が就業しているが、これはOECDの平均より高い。
  • 勿論「女性が就業する」という言い方は誤解を招く。正規に雇われることに加えて、女性は家事に従事している。ただしこれは正式な統計には含まれない。自動織機洗い機や洗濯機等の普及で家事に費やす時間は減少している。とはいえ大部分の働いている女性は家庭の雑用(原語はchire、退屈な仕事という意味もある)に責任を持っている。先進国の経済で、女性は公表されているGDPの4割弱を産出しているが、家事の価値を計算する(ホームヘルパーの賃金等を使って)し加えると女性の貢献度は国民生産の半分を少し超える。
  • GDP成長の源泉は3つある。「雇用を拡大すること」「従業員一人当たりの投下資本を 増やすこと」「新しい技術により労働と資本の生産性をあげる」ことである。1970年以降女性は男性が1名雇用される時2人雇用されるペースで雇用を伸ばしてきた。女性を採用することは、雇用が増えるだけではなく、資本投資と生産性向上の点でもGDP成長に効果があることが示唆されている。過去10年程で先進国における女性の雇用拡大が世界の経済成長に貢献した度合いは、中国経済の貢献よりも大きい。
  • 女性は世界的な市場において従業員としてだけではなく、消費者、起業家、管理者そして投資家として重要になりつつある。幾つかの調査が示唆するところでは、女性はヘルスケアから家や食品にいたる商品・サービスの購入に関して恐らく8割の決定権を持っている。
  • ゴールドマン・サックス東京のチーフストラテジスト・キャシー松井氏は女性の就業者増加で利益を受けると考えられる115社を選択してバスケット化した。このバスケットは金融サービスや、オンライン小売業、美容院、衣料品、レトルト食品のような業種を含んでいる。過去10年間に東京の株式市場は13%の上昇に過ぎなかったがこのバスケット内の株価は96%上昇した。
  • 労働力に占める女性のシェアには限りがある。米国では既にそれは減速している。しかし女性の持つ能力をより良く活用するならば、女性にとって生産性を高める余地は沢山ある。これからより高い教育を受けた女性がより高いポジションで仕事をするだろう。今のところ女性の給料が男性の給料より低い主な理由は、同じ仕事をして女性の給料が低いのではなく、女性が組織の階段を登らない傾向があるからだ。または女性が看護や教育という給料の低い仕事を選択するからである。しかしこのパターンは変わる可能性が高い。
  • 女性の技術をより活用するというのは、単に公平の問題ではない。多くの研究がそれがビジネスに有効なことを示唆している。女性は世界の会社の取締役の7%を占めるに過ぎない。アメリカでは15%で、日本では1%以下だが。コンサルタントのカタリスト社によれば、米国企業で女性の幹部職員が多い会社は、少ない会社より資本収益率が高い。これは恐らく男女混成のチームの方が単一の性によるチームよりも、問題解決や外部の問題発見に優れているからである。
  • 更に男性にとって悪く感じさせることは、調査結果では女性の方が男性より優れた投資家であることが分かった。メリルリンチがアメリカの投資家について何故女性が投資において優れているかを調査したところ、女性は男性よりじっくり構えて投資対象をかき回さないのである。男性は一つの危険なアイデアにコミットし過ぎる傾向がある。自信過剰と過剰な売買は投資結果を悪くする元である。
  • 女性は世界で最も活用されていない資源だろう。アメリカでは65%の女性が働いているが、日本では57%の女性しか就職していない。女性がより多く労働市場に参入する様になれば、高齢化と人口減少を相殺する助けとなる。ゴールドマンのキャシー松井氏は日本の女性の就業率がアメリカ並に上昇すれば、向こう20年にわたって、GDP成長率を0.3%押し上げると推定する。
  • 昨年の世界経済フォーラムの研究で男女間の平等さ(経済的参加度合い、教育、健康、政治的権利で測定)と一人当たりGDPの間に明確な相関関係があることが発見された。
  • 女性の就業者が増えると少子化が起こり、低成長につながるという議論が時折あるが、事実は逆のことを示している。スウェーデンのように女性の就業率が高い国では、日本やドイツ、イタリアより妊娠率が高い。事実女性の就業率が低い幾つかの国で最も大きな妊娠率の低下が起きている。
  • 女性の高い就業率が正しい政策でサポートされているのであれば、妊娠率を低下させる必要はないと思われる。女性の能力の国家的なプールを活用するために、政府は女性にとって仕事と子供を持つことの両立妨げている障害物を取り除く必要がある。
  • ドイツ、日本、イタリアのように専業主婦が多い国では、働く母親に対するサポートが少ない。これはより少ない女性しか職に就いたり、職を求めたりしないことを意味するが、同時に妊娠時期を遅らせるので、出生率の低下を意味している。

この小論文は中々理路整然としている。恐らくかなり評判になる記事ではないだろうか?私も女性が働きたいと思う限り、働きやすい社会を作るべきだと考えている。その理由は外に出ることが、世界を広げることと、お金を稼ぐということが女性に力をつけるからである。

ワイフは娘達が大学に入った頃から、アルバイトを続けているが、結構仲間のおばさんたちとわいわい言いながら仕事をするのが楽しい様だ。今私と二人の娘が働きに出ると、家にいても余りすることがないはずである。(高尚な趣味でもあれば別だが)従って働くことは、社会とのつながりを持つ良い機会なのだ。

お金を稼ぐことで、ワイフの発言力や行動力も高まっている。(私は別にお金の力でワイフをコントロールする積りなどないのだが) 最近は自分一人でお芝居等を見に行く様になってきた。これも良いことだと思う。経済力はプライドの一つの源泉なのだから、経済力があるに越したことはない。

私の二人の娘達のためにも(私は息子はいない)、より女性にとって働きやすい社会を作るべく、努力を続けたいものである。

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6歳から英語の勉強~ただし中国の話だが

2006年04月19日 | 国際・政治

日本では今「小学校から英語を教えるべきだ」とか「いや、教えるべきでない」といった議論が盛んである。私のこの問題に対する意見は「条件付で賛成」であるが、それは後述するとして、まず中国で英語熱が高まっているというエコノミスト誌の記事を紹介したい。我々は日本人単独で経済活動や政治活動をしている訳ではない。いやおうなく隣国の影響を受けるのである。中国に英語を話す人間が何億人も出現するとすれば、それは日本人にとって吉なのか凶なのか? などと考えながら英語教育問題を考えるのも悪くはないだろう。以下はEnglish begining to be spoken hereのポイントを意訳したもである。

  • 学生時代に文化大革命の影響を受けた古い世代の人々は殆ど英語を話すことができない。より若い世代も厄介な言葉と文法の暗記に固執する古ぼけた学校システムを通り抜けるのに苦労し、自由に英語を操れない。
  • 今中国は英語に夢中になっている。昨年中国を旅行した英国のブラウン蔵相は向う20年の内に英語を話す中国人の数が英語を母国語とする人の数を上回ると観測した。このため英語教育にかかわる市場に火がついている。「中国の英語教育市場は年間600億ドルで世界最大の市場である。」とTOEFL(有名な英語のテスト)を開発した米国のETSグループは推測する。
  • 英語教育にかかわる市場の大きな部分は辞書、教科書、授業の補助教材等の教育ツールにかかわるものである。最近政府が英語教育開始年齢を12歳から9歳に引き下げたため、教科書に対する需要は急拡大している。英語教育の開始年齢については多くの東部の都市では、6歳から英語教育を開始し始めている。ある推定では、中国の出版物の5分の1が英語だという。私的な英語学校は元々大人を対象にしたものだったが、現在では子供の生徒の方が多くなっている。また幼稚園では4歳児から英語を教えるところもある。
  • 成人と大学生はイリノイ大学、メリーランド大学、ノッティンガム大学といった外国大学(中国にある)のビジネス英語クラスを選択することができる。
  • ハイテクを利用した英語教育も盛んになっているし、英語検定も急速に成長している。これは海外留学を目指す学生が増えていることと、中国企業が英語力の証明を求めているからだ。
  • 以上のようなことから英語ビジネスにおいて外国勢は有利な位置にいるが、これらの事業が総て既に利益に結びついている訳ではない。教育は高度に規制されている。外国人は中国で出版を行なうことはできない。著作権を中国人出版社に渡し、ロイヤリティを受取ることができるだけである。
  • また中国政府は日本政府と違って、英語のネイティブ・スピーカーを歓迎しない。日本では19年の歴史を持つJETプログラムがあり、数千人の外国人教師が公立学校で教鞭を取っているが、中国では数年前まで、私立の語学学校で外国人教師を採用しても、罰金の対象になり得た。
  • 中国の英語に対する熱意は明らかであるが、中国共産党が許す場合に限りそれは利益のあるオープンな市場になるだろう。しかし共産党はそうすることに気が進まないのである。何故なら英語の教科書と先生とともに西欧風の学習とものの考え方が広がり、それが共産党の権威をいつか脅かすかもしれないからである。

さて日本でも早い時期から英語を学ぶべきかどうかということについて私の意見を言えば次のとおりである。

  • 早い時期から英語教育をするべきである。しかし英文学教育をする必要はない。日本では中学や高校で英米の著名な文学者の作品を読み、その解釈を勉強したりするがこれは全く意味がないことである。英語教育は必要だが、英文学教育は中学・高校レベルでは全く不要である。また必要以上に難しい単語や表現を勉強する必要も全くない。具体的にいえばアメリカの大衆紙US Todayが読める程度の英語力を普及させることが必要である。
  • ついでに言えば日本の国語教育も全く間違っている。(少なくとも私が授業を受けた頃は)そこには文学教育はあるが、実用文章教育がない。実用的な文章とは、誰が読んでも同じ内容が正確に伝わる文章のことであり、文学作品の様に読み手により異なる解釈が起こるのでは困るのだ。
  • 以上まとめていうと、国語を実学的にすることで時間を捻出して、その分を実用的な英語教育に当てればよいというのが私の結論である。私は中学や高校で難しい日本語・英語の勉強をするのは、上級学校の難しい入学試験に対応するためではないかと思っている。しかし実社会で必要なことは、著名な文学作品の解釈より達意のビジネス文書を書くことである。それが英語であれ、日本語であれ。

何十年か経って、英語の達者な中国人が日本を含むアジアの市場を席巻し、日本人が肩身の狭い思いをしている様は見たくないと思う次第である。

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