金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

日本相続学会オープンセミナーのご案内

2017年08月21日 | 相続

一般社団法人 日本相続学会は9月15日(金曜日)午後5時より中央大学駿河台記念館でオープンセミナーを開催します。

テーマは:

「生命保険信託」「民法(相続法)改正の動向」「福祉と連携したNPOによる高齢者の財産管理」です。

いずれも相続問題の第一線で活躍されているプロフェッショナルが現場の状況をお伝えするものです。

相続分野でご活躍の方には役に立つセミナーだと思いますので是非ご参加ください。

お申込みは 一般社団法人 日本相続学会HPより申込用紙をダウンロードしてお送りください。

 

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日本人のトレッキング・ドイツ人のトレッキング

2017年08月20日 | シニア道

「定年後」(楠木 新著 中公新書)のあとがきで著者はこう書いている。

「会社で働いていたときははツアー旅行やパック旅行だったと言えるかもしれない。目的地に行くのに会社がある程度お膳立てをしてくれる。もちろん社員の自由度がないわけではないが、基本は自己主張をせずに仲間に合わせている。・・・しかし定年後になっても平穏で波風が立たないパック旅行ばかり求めていては、何のために生きているのか分からなくなる」

この一文を読んで私はネパールにトレッキングに行った時会ったある日本人グループとドイツ人グループの違いのことを思い出した。

その日本人グループとはエベレスト街道の入り口ルクラで会った。それは大手旅行会社が企画するエベレストホテルツアーのグループだった。エベレストホテルは標高3,800mのナムチェバザールに建つ高級ホテルで、徒歩ではルクラから2日間かかる。だがそのグループはヘリコプターでルクラからナムチェバザールまで飛ぶ予定だということだった。費用はかかるがヘリコプターなら短時間で楽に(もっとも高度順化の問題はあるが)ホテルに入ることができる訳だ。あるツアー参加者は「一生に一度のことですから、多少の贅沢も良いでしょう」と言っていた。

それから10日ほど後、トレッキングの帰り道で退職者の集まりと思しきドイツ人グループと親しくなり、芝生の美しいロッジでビールを飲みながら雑談をした。彼らの中には既に何回かネパールに来ている人がいた。「ネパールは素晴らしい。滞在費用は安いので年金暮らしでも毎年のように旅行することができる。俺たちはできるだけ多く旅行できるように、一回の旅行費用はできるだけ抑えてBudgetな旅をしているのだ」と言う。

正確にはBudget(悪く言うとケチケチ、良く言うと賢い)という言葉を使っていたかどうか記憶はあいまいだが、彼の主旨がBudgetな旅行をしてできるだけ多く楽しみの機会を増やす、ということであったことは間違いない。

もちろん日本人の中にも豪華ツアーではなく、Budgetなトレッキングを行う人もいる。私たちの仲間もそのグループだ。ひょっとするとドイツ人の中にも豪華旅行組がいるかもしれない。しかし典型的には「日本人は日本人ガイド付きの豪華旅行を一生の記念に行い」「ドイツ人はケチケチ旅行を何回も行う」ことを目標にしているように思われる。

うがった見方をすると、これは退職後の海外旅行のスタイルだけではなく、働いてい時の余暇の過ごし方から違いがあるような気がする。ドイツ人は労働時間が少なく、しかも生産性が高く、有給休暇を目一杯とることで有名だ。有給休暇を目一杯とるのはドイツ人だけではない。恐らくほとんどの欧米人が有給休暇を目一杯とって遊んでいるはずだ。彼らは遊びの楽しさを知っているし、どうすれば安く長い休暇を過ごすことができるか?ということに長けているのだ。

会社というパック旅行に乗ってきた多くの日本人は残念ながら、長い休暇を安く過ごすことに長けていない。

長い休暇の過ごし方に慣れていないので、退職後という膨大な長い休暇を前にすると、立ちすくむ人がいるのではないだろうか?

パック旅行に較べて、自分たちでお膳立てして出かける自由な旅は、ハプニングや小さなトラブルに見舞われることが多い。だがハプニングや小さなトラブルからその土地や人々の本当の姿が見えることがある。自由な旅こそ本当の旅というべきである。

歳を取ってから見知らぬ土地に自由な旅に出かけるのは、多少勇気がいるし、気が重いと感じる人も多いだろう。

しかし会社や役所を退職すれば、旅に出なくても、未知の世界を自分の足で歩いていかなければならない。そこにはお膳立てしてくる会社や組織はない。ならば若い時からパック旅行ではない個人旅をしてみてはどうだろうか?

それはひょっとすると長い老後の過ごし方にヒントを与えてくれるだろうと私は考えている。

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団塊世代、SNSを使う人使わない人の差は?

2017年08月20日 | シニア道

最近読んだ「定年後」(楠木 新著 中公新書)の「遠くの田舎より目の前のスマホ」の中に次のような文章があった。

「(最近写真撮影に趣味を見出し、facebookなどのSNSにアップすることもある)Nさんが言うには、自分たちのような団塊の世代では、パソコンやSNSを使いこなせる人とそうでない人がいる。しかしそういうツールを使えないと人とのつながりが広がらないというのが実感だそうだ。・・・・Facebookやブログを開設していること自体がすでにオープンな姿勢なのである。興味や関心のあることを自分の中だけにとどめず広く発信することも、居場所を作るための一つの方策になるだろう。SNSなどは都会と地方との距離の差を埋めることもできるという。遠くの田舎よりも目の前のスマホかもしれない」

私の知人・友人は50代後半から60代後半が多い。この知人・友人(以下このグループ)の属性をベースにSNSを使う人・使わない人の差はどこからくるのか?ということを考えてみた。

まずこのグループのメンバーは、得意不得意の差はあるが、全員がパソコンを使うことができる。会社で電子メールなどの利用が必須だったからだ。だから技術的には全員SNSを使うことができるといえる。

次にスマートフォンを利用しているかどうか?の区分を考えてみた。一般的には若い世代ほどスマートフォンの利用が多く、年齢が上がるにつれて利用が減ると言われているがこのグループについては必ずしもこの知見に合致しない。

何がスマートフォンを使うか使わないか?を分けているか見極めるのは難しいが、一つの傾向として「会社経営層・自由業層はスマートフォン利用者が多く、従業員層は少ない」と判断した。Facebook等のSNS利用についても同じ傾向があると判断した。

その理由として次のようなことが考えられる。

  • 経営層・自由業は金銭的にゆとりがあるのでスマートフォン利用に抵抗がない。
  • 経営層・自由業は自分で時間管理ができるのでスマートフォンを使って、情報収集を行ったり、情報発信を行うことが容易である。
  • これに較べて従業員層は、会社から業務用の携帯電話を支給されていることが多く、それに加えてスマートフォンを持つことに必要性を感じない場合が多い。
  • 従業員層では、一般的な情報発信よりも業務に関する情報収集が重要課題であり、それはパソコンを使って行うことができる。

次に写真撮影が好きかどうか?ということとSNSの利用について考えてみた。

このグループは山登りの好きな人が多いので、大方の人は写真撮影を行っている。写真撮影を3つのカテゴリーに分けて考えてみた。

「一眼(レフ)カメラを使って凝った写真撮影を行うグループ」「高級コンパクトカメラを使ってスマートフォン転送などを行うグループ」「コンパクトカメラで写真を撮影するがあまり人に配らず自分で楽しむグループ」

前二者とSNSの関連は非常に高いが、「自分で楽しむグループ」はSNSの利用が少ないといえる。

次に趣味の世界における帰属集団の強固さという点から考えてみた。このグループには某大学山岳部OB会というかなり仲間意識の強い団体のメンバーが複数いるが、この仲間はSNSの利用が少ないことが分かった。

以上のことから直観的にSNSの利用・未利用は次のような違いによるのではないか?と判断した。

  • 経営層・自由業は情報の収集・発信が重要な仕事であり、また広い人的ネットワークの構築に関心が高いのでSNSの利用に熱心である。
  • 写真撮影についてはあるレベルに達すると自分の作品を公開して評価されたい(いいね!を押して欲しい、仲間に褒められたい)という欲求が高まるので、レベルの高い写真を撮影する層ではSNSの利用が多い。
  • 趣味の世界で強い帰属集団を持つ人はその仲間で完結する傾向が強いので公開SNSを利用することが少ない。

以上は私の周りの仲間を観察して得た私の直観である。

なおSNSの利用が人のつながりを広げることは間違いないだろうが、その繋がりはあくまでネット上の淡い繋がりである場合が多いことは留意すべきだろう。淡い繋がりが濃い繋がりになるためには、やはりface to faceの付き合いが必要なのだ。

ただ取っ掛かりとして私はシニア層や準シニア層がSNSを利用して人との繋がりのきっかけを増やすことは良いことだと私は考えている。何かを発信するということは、自分を深めるチャンスでもあるからだ。

 

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クワンナイ川からトムラウシ登山~美渓からの山旅

2017年08月19日 | 

山はその特徴を味わうことができる一番良いルートから登るのが良いというのが私の持論だ。そのルートは一般登山道でなくバリエーションルートと呼ばれることが多い。したがって多少の経験と技術それに体力や判断力が求められることが多いが、そこで得られる感動は大きい。

例えば前穂高岳の場合は北尾根の岩稜を縦走して、山頂に立つのがベストルートだと私は考えている。また北穂高岳の場合は槍側から大キレットを越えて山頂に立つのが良いだろう。また岩登りに自信のある人なら、滝谷出会いから滝谷の岩壁を攀じるのも良い方法だ。

さてこの文脈でいうと北海道第二の高峰・トムラウシのベストルートはクワンナイ川ということになる。滝ノ瀬十三丁と呼ばれる長く広大なナメをヒタヒタと登って奥深いトムラウシの頂きに立つとき、縦走路歩きでは味わうことのできない深い感動を得ることができる。

8月10日(木)曇時々晴 全員9名で天人峡温泉の天人閣を午前5時に出発。最初は林道を歩いてポンクワンナイ川に5時23分到着。ここが入渓点だ。最初は広い川原の平凡な沢歩きが続く。

6時30分ゴルジュに到着。

左側(右岸)に残置シュリンゲがあり、そこから藪の中を直上して高巻した(フィックスロープを張った)。

ゴルジュの上はまた川原歩きであるが、渡渉が頻繁になってくる。流れの速いところではロープを張って安全を期した。

やがてカウン沢出合いが近づいてくる。

13時30分カウン沢出合い到着。もう少し歩いて魚止めの滝まで進むことも考えたが、9人テント・ツエルト3張りの場所としてはカウン沢出合いの方が良いと判断してここに泊まることにした。

出合いの小さな滝壺に竿を入れると簡単にオショロコマが釣れた(餌はブドウ虫)。

人数分+αのオショロコマを釣って、塩焼き・バター炒めで頂いた。

8月11日(金)晴のち小雨 5時47分 カウン沢出合い出発。6時魚止めの滝到着。

滝の右側の水際の岩を登ることもできそうだが、早く通過するためその右手の草付きを登って滝を越えた。

滝の上からいよいよ滝ノ瀬十三丁と呼ばれる2kmのナメが始まった。

ところどころ写真のような滝が出てくるが直登または簡単な巻きで越すことができる。

このあたりが滝ノ瀬十三丁のハイライトだろう。

10時ハング滝到着。ここは明瞭な踏み跡をたどって右岸(左側)から滝を巻いた。巻きルートの上部は5mほどの垂直の岩壁で残置ロープが下がっている。ここはザックを釣り上げて安全を期した。

ハング滝から上もナメや小滝が続く。水たまりを覗くとオショロコマが沢山泳いでいた。オショロコマはどうしてハング滝を越えることができたのだろうか?疑問だ。

水が枯れる手前で今後の飲み水をペットボトルなどに詰めた。やがて小雨が降ってきた。巨岩帯を越えて行くのに疲れを感じ始めた頃ようやく稜線にでることができた。15時5分である。小雨降る中縦走路を延々と歩き、16時55分ヒサゴ沼の避難小屋に到着した。先着客が多かったが何とか人数分のスペースを確保することができて落ち着いた。

8月12日小雨のち曇 午前7時に避難小屋を出発してトムラウシを往復する。石狩岳方面の空は明るく山並みが見えた。

ヒサゴ沼から主稜線に出る手前は残雪が残っている。

この残雪の下の雪解け水を勇敢にも?私は飲んだ。ヒサゴ沼の水はエキノコックスのリスクがあるので煮沸が必要だが雪解け水は美味しかった(笑)

トムラウシに近づくにつれて天気が回復してきた。

巨岩帯を進み10時25分トムラウシ山頂到着。

14時ヒサゴ沼避難小屋に戻った。

8月13日(日)小雨 化雲岳(1,954m)を経て天人峡に下山する日である。朝4時41分避難小屋を出発。6時18分化雲岳到着。元気な人は化雲岳山頂の大岩に登った。

化雲岳から暫く気持ちの良い稜線歩きが続いたがやがてぬかるむ灌木帯歩きとなった。途中湿原帯がありそこには木道が設置されていた。

霧に浮かぶ遠くの針葉樹が長谷川等伯の障壁画を思い出させる。美しい場所だが天人峡は遠いので程々で休みを切り上げた。

12時27分天人峡(化雲岳登山口)に下山。温泉で一風呂浴びて私とNさんはタクシーで旭川空港に向かった。そこからレンタカーを借りて次の山旅に向かうからである。因みにタクシー代は7,200円ほど。往路のタクシー代は8,400円だったがこれはコンビニエンスストア経由のため少し遠回りしたことによるようだ。

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組織が目的を超える時、破壊が起きる

2017年08月18日 | うんちく・小ネタ

今年の終戦記念日前後は北海道の山に入っていたのであまりテレビを見なかった。そんな中で里の宿屋に泊まった時、樺太で日本の無条件降伏後ソビエトと戦闘があったことを伝えた番組が印象に残った。

米英ソの戦後の利害関係を調整したヤルタの密約で南樺太の領有を認められたソビエト軍は8月15日以降樺太での南進を進め、真岡地区で多くの民間人の犠牲がでたという悲劇である。

テレビ番組では当時の日本軍がソビエト軍との停戦に積極的でなかったため、民間人の被害が拡大したという解釈を示していたと思う。ただしソビエト軍は北海道北部への侵攻も計画していたというから、樺太での日本軍の抵抗がなかったとするとソビエト軍が北海道北部まで押し寄せていた可能性はあるだろう。ものごとの歴史的評価は難しい。

ただしマクロ的に見ると私は「組織が組織本来の目的を忘れて、自己防衛や自己増殖に向かう時、その組織やその組織の上部組織まで破壊する」と考えている。

その例が日本軍だった。軍の本来の目的とは何か?それは国民の命と安全を守ることにあるはずだ。国土を守ることは大切だ。だが国土を守る意味はそこが国民の生活の場であるからだ。そこに暮らす国民の命を大量に失って国土を守る意味があるのだろうか?

日本軍は軍という組織を維持・増殖させるために戦争することを目的としてしまった。それが太平洋戦争の悲劇の最大の原因であろう。

本来戦争はある外交的・政治的目的を達成するために、相手国の戦意を喪失させ、自国の主張を貫徹させる手段である。手段である限り、他に有効な方法があれば血を流す戦闘行為は避けるべきである。しかし日本軍は本来の目的を見失い、戦闘することを目的としてしまったと私は考えている。なぜなら戦争を続けることが自分たちの組織を守り、国民から税金を収奪するお墨付きだったからである。

今日の官民の世界においても「組織が本来の目的を離れて、組織防衛を目的として動く」ことはしばしば観察されるところである。

おそらく程度の差こそあれ、組織が自己目的化する現象は普遍的な現象であろう。なぜなら組織は生き物であり生き物である限り、自己防衛や自己増殖の本能をもっているからだ。ただし国家というより大きな組織の下の軍という下部組織が自己増殖を図る時、国家は破綻するのである。

会社について考えると特定部門が全社的戦略を離れて自己増殖を図る時、会社は往々にして存亡の危機に瀕するのである。

組織統治とは、最上位(国・会社など)の組織体の目的遂行のために、下部組織の組織防衛行為をコントロールし、必要があればその下部組織を解体してしまうことが要なのだろう。言うは易くして行うは難しだが。

 

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